1999.夏の旅行(北海道完乗!)
| 乗り潰し線区: | 室蘭本線(東室蘭-室蘭)、石勝線、石勝線(新夕張-夕張)、富良野線、千歳線(南千歳-新千歳空港) |
18:00 出発。駅のホームで待っているとかなり蒸し暑い。しかし、これから涼しいところへと逃げるのだ。わくわく感が高まってくる。
18:27 東加古川発。
18:41 西明石着。新快速に乗り換える。12両編成だったため座れる。最近の睡眠不足から、すっかり眠ってしまう。
19:34 新大阪着。「のぞみ」発車まで20分ほどある。
19:45 ホームへ。
19:52 「のぞみ28号」が、700系で到着。この計画にした大きな理由の一つが、この「700系のぞみ」であった。今回の旅の序盤の大きな目的の一つは、2年前の夏、台風の中「駅前」にテントを張って一夜を明かした、思い出の津軽今別駅の再訪問であった。しかしそれほど時間がある訳ではないので、効率よく2日目(連休初日)の朝には着きたい。2日目の朝頃に着くためには、17:47大阪発の「日本海1号」に乗ればよい。しかしこれは大阪発時刻が早すぎる。「日本海」を「サンダーバード」で追いかける、という方法があったが、これでも時間がまだ早かった。そこで思いついたのが、上野から青森までの寝台特急「はくつる」に乗るという方法だった。「のぞみ」と、東北新幹線に乗れば何とか追い付け、時間も遅くて済むことからこの方法にしたのだ。とはいえ、時間差はそれほどでもない割に、「サンダーバード」で追い付く作戦に比べて¥6000円くらい余分にかかるのが難点だったのだが、乗るべき「のぞみ」が700系であることが分かって、そっちに傾いたのだった。鉄道の車両に関してはさほど関心のない私であるが、この最新鋭の車両には少し惹かれるものがあったのだ。
19:54 新大阪発。700系は混んでいた。座席が300系に比べて安っぽい感じがした。座席の高さが低いために前の乗客の頭が見えるなどして落ち着かない。新型という感じがしない。しかも何となく狭い感じがした。
私は通路側のD席。座席の網籠に雑誌が置いてあったのがせめてもの救い。これで何とか時間を潰すことはできたが、それでも持て余す!夜という理由よりも、通路側であるという理由の方が私にとっては致命的。これではさすがの私でも退屈で仕方がなかった。
20:46 名古屋に着くが、誰も降りない。この狭苦しい席に居続けなければならない。せっかくの「700系」だと思っていたが、乗ってみると全然大したことがなく、それどころか300,500の方がよかった。
22:24 東京着。新幹線と新幹線の乗り換え改札口を通り、「外気」に触れることなく、とっとと東北新幹線のホームへと上がる。
「なすの257号」が止まるホームは、さっきまで乗っていた「のぞみ28号」の止まっている14thホームの隣。
22:36 列車が入線。やってきたのは200系だが、車体の色が違う!リニューアルされたバージョンだった。
今度は窓側に座れる。この列車の座席はさっきよりは狭さを感じなかった。
22:46 発車。しばらくは山手線と平行する区間で、ギュウギュウ詰めの通勤客を眺めながら優雅に座ってられるので優越感を感じる。やっぱり窓側の方が断然楽しい。
22:52 上野着。ここからも意外に乗ってくる。
地下線を抜けて再び山手線が見える。そしてしばらくすると埼京線との並行区間となる。しかしこれは逆側だからあまり景色が見れない。
23:12 大宮着。ここからも大量乗車がある。そして立ち客が通路まで溢れる。次の小山まで50キロ以上あるが、17分で着いてしまうから立っててもさほど苦ではないのだろう。それに、そもそも大宮からまともな新幹線運転をするのだから、東京から乗った方が「損」なのだ。
23:29 小山着。この駅で大量に下車し、私のとなりも空いた。
23:46 宇都宮着。ここで大半の客が下車する。次は終着の那須塩原だから当然だといえる。残ったのは4~5人/両程度しかいなかった。本来なら宇都宮止りでも良いと思うのだが、何で那須塩原まで走らせる必要があるのだろうか。それにしても、東京から100キロちょっとのところまでかなりの客が新幹線に乗るものである。
外へ出て、コンビニへ。雨上がりなのに風が無くて猛烈に蒸し暑い。
23:56 駅に戻ると、いきなり「はくつる」が20分遅れるのアナウンスが流れる。その「はくつる」がやってくる、7,8thホームに降り立つ。人のいないホームにいると旅情が高まる。
24:08 私の乗る「はくつる」が止まる7番ホームに、当駅止まりの普通が停車する。さっき新幹線の車内から見たのはこれだったのか?
24:26 「はくつる」が到着。今回も途中から乗る下段だったが、間違えられておらずよかった。しかし平日だというのに満員状態。。人が多いと落ち着かん!
24:55 黒磯に停車することを確認した。
5:40 盛岡着。その後、一戸停車、八戸停車などを確認するがすぐに寝てしまう。
7:41 いつも寝台に乗るときにはもっと早く目が覚めるのだが、日ごろの疲れが出たのか、この時刻に到着する野辺地でようやく目が覚めた。外は小雨が降っている。夢の中では東北地方は晴れだったのに。甘かった。今にも雨の降り出しそうな空。しかし、隣の客がいつまで経っても降りないしカーテンも開けないのでよく見えん。
8:17 青森着。乗るべき「海峡」までまだ1時間もあるので外に出ると、しっかりと寝台券を没収される。その割には途中下車印は押さない。
一昨年これでもかと言うくらいうろついた青森駅。駅前をうろついても全く面白くないからすることがない。
外は傘が必要ではないほどの雨が降っていた。パナソニックの温度計によると、気温は21度であった。半袖ではちょっと寒いくらい。うまく「脱出」してきた。
跨線橋上の広告に、「仙台-青森割引きっぷ」のものがあった。回数券で、1枚あたり7300円であることをアピール。正規の運賃・料金は、指定席利用で10530円だからおよそ3割引であるが、そんなに需要があるのか?。
8:55 列車は既に来ていた。「カーペットカー」もあるが混んでいて、どう見ても落ち着けそうにない。これはグループ向けだろう。さらに指定席は豪華で、台湾人の団体もいた。自由の禁煙は1両のみで、しかもぼろい。500円の差でえらい待遇の差。しかしガラガラで快適。乗車率は1/4くらい。シーズン前の、しかも平日ということもあるのだろう。
9:17 発車。雨降り続ける。
9:33 奥内で、「リニューアル485」の「はつかり12号」と交換。この駅ではホームが短く、「海峡」が増結していることもあって前しか扉が開かない。しかし前の客は指定席客だからこんなにすぐ降りるわけがないから、逆にすべき。
9:40 奥内から三つ目の中沢で、津軽海峡線お得意の運転停車。上りは、こんな低人口密度のローカル線には全くそぐわない701系の、5両編成であった。
9:49 蟹田着。ここで意外と乗る客があった。そして乗務員の交替。ここからすっかり「青函トンネル」モードに入るのだ。次の津軽今別も、前の5両しか客扱いしないから前の方に行っとくしかない。
10:08 ついに、「津軽今別」着!早速アスクル」が見える。人おらずサイコー!そして何故か笑いが止らん。空は曇っているが、雨は何とかもってくれて助かった。
津軽今別駅から見た駅前広場、「アスクル」津軽今別駅に別れを告げて、津軽二股駅へと降りて行く。まず思ったのは、我々の「テントサイト」だった場所から、「アスクル」の「風除室」までの距離は100mもなかったこと。歩測してみると93歩だったから、60mくらいと想像される。あの時にはそのくらいに見えた、ということにしておく。
「アスクル」に入る前に「風除室」へ。「『アスクル』閉店時は、風除室をご利用下さい」の記述を探したが、どこにも見当たらなかった。
中へ入ると、当然人気はほとんどない。ここは「道の駅」でもあるから、建設省の管轄のためにいくら赤字でも構わんということなのだろう。そのためか、もう一つ商売気がない。ここは釣り情報の収集場所のようで、このあたりの海の天気や風、波の高さなどが分かるようになっていた。
すぐに外に出て、アスクルのすぐ脇にある、私が銀マットを追いかけたときにはまった溝を発見。そして意味もなく撮影。。
そして、その¥380くらいの銀マットがまだないか、と思ってあの時の「風下」である北の方へ延びる道を歩いて行く。飛ばされた先は「アスクル」の北側の林の中で、人跡があまり無さそうな場所だったから、ひょっとしたら、と思い。これが見つかったら相当笑いが止らん事態になるだろうな、と、かすかな期待に胸を膨らませて歩いて行くが、2年も経っていることもあって、当然見つかるわけもない。
津軽線の踏切のところから津軽二股駅まで帰りは線路の上を歩いてくる。線路の右側がその林であったが、やっぱり見当たらない。
いくらなんでも、2時間は時間を持て余す。あとは「アスクル」で食事をするくらいしかすることがない。11時過ぎに行ってみると、意外や意外、客がいた(失礼)。そこで私は「海草ラーメン」を注文。海草ラーメンは麺に海草が入っていて緑色をしたものであった。味はまあまあだった。
そして、「津軽今別」へ舞い戻る。ログハウス風の「待合室」からは懐かしい香りが。「STBした」という落書きが!しかし私がもう一つの目的としていた、「たびのーと」はなかった。
12:01 津軽今別発。私以外にも乗る客はいたが、しかしJR職員ばかりだった。見学専用の1号車には客私一人。
12:17 竜飛海底着。当然降りるのは私一人のみで、見学者も私一人のみ。
最初JR職員かと思ったがそうではないおっちゃんが案内してくれる。まずはケーブルに乗って地上へ出るとのことだったが、ケーブル乗り場までは意外と遠かった。その間に、火災による煙を客が吸わないように設けられた送風設備などの説明を受ける。この送風設備は、二重扉を同時に開けると自動的に作動する仕掛けになっているとのことで、その二重扉を通ってケーブル乗り場へ向かった。
12:30 ケーブルが発車。このケーブルは全長1キロで勾配は1/4。速度はめちゃのろく、7分くらいかかってしまう。降りるとすぐそこに記念館があった。14:15にここに戻るように言われてあとはフリータイムとなった。
まずは、記念館と併設してある「ウインドパーク」へ。全く人気がないが、東北電力が建てた施設なのでお構いなしなのだろう。ここの風力発電施設が全国でも最大規模であることを知る。それだけ風が強いのだ。今日も「あの日」と同じく、風が強い。
そこをざっと見て、記念館へ。青函トンネルに関しては、かなりの「予備知識」があって、新たに知る事実は少なかった。
外に出ると、「あの時」いたのと全く同じところへ出てきてしまう。展望台へ上り撮影などする。そして、「津軽海峡冬景色」の碑、「階段国道」など、既に行って写真も撮っているにもかかわらずさらに写真を撮ってしまう。さらには現在の気温、湿度、風速などを表示するところまでも行ってみる。同じところに何回も行くのが好きな私でも、たった2年しか間隔を開かずにやってきても、面白味に欠けるものがあった。
行きしなに気になっていた「いくら丼」の店へ。お代\1,890。しかし辛いだけで大して旨くなく、もったいないことをしてしまう。
14:10 記念館の外にある、標準軌、狭軌の「3線軌道」の展示を意味なく撮影して、戻ってくる。
14:25 ケーブルが発車。このケーブルは25分間隔で運行されている。片道7分で往復14分。折り返し時間などを考慮しても、このくらいが妥当な運転間隔である。
ケーブルを降りて、さっきの係員にトンネル内を軽く案内される。既にさっき聞いたことも繰り返し説明する。私が先先聞いてしまったので、しゃべることがないようだった。
そして、さっきの二重扉をくぐるともう戻れない。しかも、私は早速ホームへ行きたいと思っているのにそれを係員に阻止され、することがない。
しかし、10分ほど待った後、ホームの方へ行く。最後に、消火設備やトンネルの大きさなどの説明を聞く。この竜飛海底駅のホーム長は480Mもあるが、幅はたったの50pくらいしかないと言う。
15:14 列車が来る。降りた客は結構多かった!乗るとすぐに寝てしまう。
座った場所はちょうど窓と窓の間のため、満足に景色を眺められない。窓と座席の位置くらいちゃんと合わせろ!
16:52 函館着。私の「加古川−登別」の乗車券では、五稜郭までしか乗れないために乗り越し精算をしなければならなかった。切符を見せると「函館←→五稜郭」の硬券きっぷが出てきた。
函館は今日も雨で、これで4回来て四回とも雨になってしまった!!今日の宿のYGHまでは歩いても行けるが、雨が降っていたことと、函館まで来たら一回は乗っておかねばと思ったのとで、市電に乗る。
17:20 市電を宝来町で降りて、さらに7分ほど歩いてYGHへ。
チェックイン。部屋は二人部屋だと言う。何とも中途半端。
17:45 荷物をばらして、必要なものだけを持って外へ。雨は上がっていた。まずは海を見に行くために東の方へと歩いて行く。東の海は外海で、波は結構高かった。
とりあえず、5年前にちんや、ほりいと行った焼き肉屋「King of Kings」を探すために南下してみる。すると、オレンジ色のコンビニ、「seicomart」を発見。これを見ると何故か笑けてきた。これでこそ北海道に居るという気分がすると言うもの。
市電の通っている通りを横断して、山に沿って歩いてみるが全く見つからず、気が付いたら「元町」まで来てしまう。仕方がないのでそのまま坂を上がり、ロープウエイ乗り場へ行き、スムーズに\1,160円を支払うが、これで3度目(中腹まで行ったのを含めると、4度目?!)。。他に行くところはないんかい!
何だかんだ言いながらも、登ってみるとやはり「サイコー」感が。いつの間にか空は晴れていて、西側に沈む夕日も見える。ちょっと寒い。それは、気温の問題と、こんなところに1人で居るのと、両方。
19:00 日没まではまだだいぶ時間があり、夜景はもういいと思って、日が暮れる前に降りてくる。
さて、夕食を。繁華街まで行けば何でもあるが、ここからかなり遠くめんどが臭いから、YGHでもらったマップを頼りに、YGH周辺で済ますことにする。今日食したラーメンと丼もの以外と言うことになるとかなり絞られる。とその時、「いくら丼\650」と書いてあるのを発見。竜飛の実に1/3!!それを見て逆ギレして、こうなったら北海道にいる間はメシはいくら丼とうに丼だけにしたろか、と思ったりする。結局カレーとする。それもカツカレー。工場の食堂で週2回は食べてるのに…。
20:00ごろ YGHに戻る。ここで明日の予定などを考える。
21:00 下の「食堂」へ行き、サービスでもらえるアイスを食いに行く。他の宿泊客も下りてきたが、タイミングが合わず誰とも会話はしなかった。
23:15 就寝。この部屋は密閉性が高くて、クーラーがなく猛烈に暑くて、寝苦しかった。
6:45 起床。天気予報のために\100を突っ込む。とりあえずは晴れてくれそうだ。
7:35 出発。外は猛烈霧。山が見えない。歩いて駅まで向かう。函館にいると、どうしてもGLAYやJUDY AND MARYが流れてしまう。決して「キャーラメル拾たら箱だけー」の、サブちゃんは流れない。。
7:55 函館駅着。函館駅は、0番線から8番線まで欠番なしの9線もあるが、今やこんなに要らない?!乗るべき列車は、跨線橋を昇る必要のない0番線に2両で止まっている。前の車両が長万部行きで、後ろが砂原回りの森行。
8:04 「海峡2号」の発車の際、ドラえもんの歌が思いっきり流れる。
8:14 発車。さっきまで霧が出ていたがいつのまにか晴れて、空も晴れてきた。そして窓などを開けて景色を楽しむ。かなり気分がよい。複線で、がっしりとしたPC軌道であることを確認。さすがは、在来線最高表定速度を誇る路線。
8:30 三つ目の大中山を過ぎたところで、貨物列車と猛然とすれ違う。複線区間の右側は極めて危険。
8:38 大中山の次の七飯を出たところから高速新線と分岐。しっかりとした高架橋が単線で造られている。そしてこっちも単線となる。
8:43 七飯の次の渡島大野駅は、「北海道新幹線」新函館駅の予定地。その看板などもあるが、私が40歳過ぎになるころに、できるのか??
ここから先は勾配がきつくなる。勾配、カーブを避けるためにさっきの新線ができたと考えられる。
8:49 大野の次は仁山。この駅で列車交換待ちのために5分停車する。ここで行き違ったのはただの貨物だった。
9:04 大沼着。ここで車両を切り離し、前の車両が短絡線を、後ろのが迂回線を走り、森で再び顔を合わせることになっている。私はもちろん後ろの車両に。この列車に乗った大きな目的の一つは、砂原回りの区間が「準未乗」だったというのがある。それと、登別までは、特急に乗るためには特急料金を支払わなければならないからその節約、という意味もある。
時間があるので外に出て駅前を観察する。車内に戻って見回すと後ろの車両には客が誰も乗っていない。私を含めて3人となってしまう。
9:18 大沼発。周りはすっかり山の中になり、しばらく行くと下に海が見下ろせるところへ出て、景色がよくなった。
9:36 3駅目の鹿部で4人が乗ってきて2倍強になる。周りには何もないのにどこから人間が湧いてきたのだろうという気分になる。
9:53 渡島砂原で更に4人。眠くて軽く4人がけ占領ネをしてしまい、完全に「準未乗」でなくなったとは言えなくなった。
10:15 そして気が付くと、もう森だった。長万部行きまでたった4分しかない。とりあえず1番ホームに着いたので急いで外に出てスタンプを押す。森駅といえば「いかめし」で有名。「いかめし」を売っているであろう店も発見したが、時間がないのですぐに跨線橋の向こうにいる長万部行きに乗るしかない。
この駅は裏側はすぐに海でしかも遮るものが何もなく、海からの冷たい風を受ける気持ちのいいところであった。
10:19 発車。さっきより多めに窓を開けて出発。再び立派な複線を確認。しかしのろく、側を通るR5を走るトラックにも余裕で抜かされる。その割に、車内に飛び込んでくる風は強い。潮の香りがよい。潮風は心地よく、景色もよい。「旅情」という言葉がよく似合う。しかし、次第に寒くなってきて、最終的には窓を閉める。
11:37 長万部着。接続が悪く、ここでは1時間43分もある。あまりにも持て余しそう。
長万部駅は5年ぶり。あまり変わり映えしていない様子。とりあえず昼食を。とにかくカニの看板が目立つが、とりあえずパス。そして駅前のそば屋に入り、そば定食を注文。麺は手打ちでそこそこだったが、だしは×。他の客は皆ざる系のそばで、私一人が熱いのを。寒かったからこうしたのだが、地元の人にとっては今日はかなり暑いのだろう。
12:10 あと1時間以上こんなところにいてもどうしようもないので、室蘭本線の旭浜駅まで歩いて行くことを軽く決断。その距離5.3kmで、ほぼ線路沿いに道があるからそのままの距離と言っていいから、およそ1時間あれば着く。旭浜発が13:27だから十分と判断して。
500mも歩くと町はなくなって、R5とR37との分岐点となる。R37はここが起点の、「道路の室蘭本線」で、線路と同様、ここが「道路の函館本線」のR5とのジャンクションとなっている。
そしてすぐに北海道らしい景色となるが、左側は工事の跡があったり、大型車がバンバン通っていたりでそれほどきれいな景色ではない。それでも、楽しい!
左側に室蘭線が。向こうのキロポストは長万部起点だから、分かりやすい。5.3になれば到着な訳だ。右側はひたすら海岸線。海の方へ行ってみたいが、まだそれほど大きくない松の防風林を守るための柵が厳重にしてあって、どこまで行っても海の方へ行けそうなところがない。
そして、旭浜駅まであと800mという地点に、海へ行けそうな切れ目を発見。早速道路を横断するが、工事中で作業員が近くに立っていた。その作業員に、「左側を歩け」と言われるが無視して海の方へ出る。
海岸は、モーレツに広い、ひたすら続く遠浅海岸!もちろん人は全くいない。岸には漁のためのうきや網の残骸が大量に流れていてあまりきれいではないが、砂浜はめちゃきれい。この空間を独占できて非常に快適。
どこまで歩いても景色が変わらないが、この景色の変わらなさ加減が、私にとってたまらなく「サイコー」であった。
しかし、一体どの辺りまで行けば駅にたどり着けるかが大問題となる。海岸から道路は見えない。砂浜と道路の間に深さ7〜80センチくらいのブッシュで埋め尽くされた土手があって、その頂点まで上がらねばならない。
適当なところでそのブッシュを突っ切って上まで上がる。駅が見えた!が、まだ300mほど先。とりあえず再びブッシュを突っ切って砂浜に戻るしかないが、かなり厄介。そんなことを2回くらい繰り返す。
13:15 駅にたどり着く。駅のあるところから砂浜までは道が通じていて、こんな苦労をしなくてもよかったことが後になって分かる。
JR室蘭本線、旭浜駅。2両編成が停まれるホームがあるだけの無人駅。周りに人が住んでいる様子は全くなく、何でこんなところに駅があるのか全く理解ができないほど。当然周りには人がいない。いるのは工事の作業員のみ。それがいなかったらもっと気分がよかったが、それにしても「サイコー」のロケーション。
13:27 単行ワンマンカーの東室蘭行きがやってきた。この車両は新型気動車の150系。2&1のクロスシートで、窓は上部しか開かない構造になっていた。やっぱり旧式の方がいい…。
次の静狩を抜けるとすぐに、右に大きくカーブして、前方から山が迫ってくる。そしてトンネルに入る。今までの海沿いの景色から一変して山の中へと突入する。
これで、目標としていた「ステキな無人駅」探訪はここで完結したといえたから、今日行く予定にしていた、ここから二つ目の「小幌」駅をすっ飛ばして洞爺まで直行しようかという案も浮上するほど、ナイスな企画であった。
13:36 そして、トンネルを抜けて列車は速度を緩める。周りは山の中で、すぐ先には次のトンネルが見えていたから、何でこんなところで?と思ったら、そこが、問題の「小幌」駅であった。ここから乗ってきたバックパッカー×2もいた。それらを見て、私も思わず降りてしまった!
室蘭本線、小幌駅。トンネルとトンネルの間にある、「ステキな無人駅」に私は予定通りに降り立った。
小幌駅、右が上り線、左が下り線
小幌駅の駅名標次にこの駅に停車する下り列車は4時間後までないが、2時間後にこの駅を通過して、前後の駅に停車する下り普通列車がある。当初の計画ではこの駅から一つ先の礼文駅までの6キロ強を歩いて、その列車に乗ろうと思っていた。詳しい地図は持ってきていなかったが、行けば何とかなるだろうと思ってやってきた。しかし、人気ゼロで、周りにはまともな道がない。上りホームへも行ってみる。列車は意外とある。と言っても5本だが。今の時刻からだと14:58発の長万部行きが最適。これに乗って1駅バックすると、乗る予定だった列車に乗れることが分かる。最悪これで行けることが分かり、安心。
とりあへず北の方の山道を進む。駅の北側に国道があることは掴んでいたから。しかし、30mも行かないところで、道と思われる草むらの切れ目が全く見当たらない。こちら側に道がなければはっきり言って絶望的と思えた。また、北(下りホーム)側には建屋があった。中からはラジオの声が聞こえる。まさか、人がいるのか?!めっちゃ不気味。
もはや南側(海側)へ行ってみるしかない。南側の方が比較的見通しがよいところで、山道が続いていた。しばらく歩いていくと、海が見下ろせる場所に出る。しかし海まではかなりの標高差があった。そして何故かベンチがある。ここで道は二手に分かれているが、道らしい道を行く。しかし全然まともな道ぢゃなく、どんどん狭くなって木が生い茂るところへ入っていく。ジャングルを探検する川口浩のような心境になっていく。
そして、「原始人発見」?!なんと、こんなところに住んでいる人間が!!洗濯物や寝床が狭い山道の両側につくられていた。人間はこの人一人で、向こうから軽く会釈してきた。非常に気味がわるくなるが、そこを通り抜けて先へと進む。
その先はすごい崖!下には大きな岩と海が見える。海へ降りるためのはしごがあるが、あまりにも急なところに掛けられていて、しかも手作りでかなりやばそう。さっきの人がつくったのか?「魁!!男塾」を思い起こさせる。引き返そうとしたが、その脇に、つづら折りの山道があって、そっちを行く。しかしこの道も幅が60センチほどしかなく決して安全ではない。崖は今にも崩れ落ちそうなほど土がむき出しになっていた。
何とか無事に下り終えて海岸へ。着いたはいいが無事戻れるかが心配になる。海へ降りてくると、「無人島」にいるかのような気分にさせられる。
二つの関門(崖と、「原始人」)を何とかクリアして、さっきの分岐点まで戻ってくる。まだ時間があるので、もう一つの「道」を進んでいくと、こっちの方が勾配も緩くてまともな道だった。そして海にたどり着くことができる。ここも岩場が中心ではあるが、沖合いの岩のために波が止められて波も穏やかになっていてて「プライベートビーチ」化していた!!
14:43 駅に戻る。人のいないところが好きとは言ったものの、ここまで本格的に人のいないところはさすがに怖い。早く「人間の世界」に戻りたかった。それにしても、こんな「人の住んでいるところにたどり着けない駅」があるとは……。もう一度降りて、今度こそはここから人の住んでいるところにたどり着いてみたい、とも考えたりした。こんなところになんで駅があるのか非常に疑問になった。
この駅は元「信号所」で、信号所→仮乗降所→駅と進化してきたようだ。これは、去年の9月に降りて、山道を走らされた、芸備線「布原」駅と全く同じ事情。しかも、小幌、布原が駅になったのが、ともに国鉄が分割民営化された1987年4月1日であることも分かった。
14:58 長万部行きの列車がやってきた。まさに、陸の「無人島」から「助け船」が来たような心境となる。それにしても、もしこの列車がなかったらえらいことになっていた。
15:06 静狩着。ここで下車する。この駅の周りは隣の両駅と比べるとまだ人が住んでいそうだが、それでも寂しい。
15:15 海を軽く見て駅に戻ってみるとちょうど列車が来た。記録を書いていると、小幌をいつのまにか過ぎていた。あまりにあっけなく過ぎてしまった。
15:57 もう洞爺に着いてしまう。意外と近かった。しかし、予定通りではあるがバスとの接続がわるく、中途半端な40分間をここで過ごさなければならない。できるだけ待ち時間は少ないように予定を建ててはいるが、やはり限界はある。これが鉄道旅行者の泣き所である。
次の上り列車は「大阪」行きとなっていた。つまり「トワイライトエクスプレス」。一度は乗ってみたいが、団体に押さえられていてなかなか取れず、時間帯も大阪、札幌を昼過ぎに発車するために中途半端で利用しづらいのが難点。
16:35 時刻表には載っていないバスが3分遅れで発車。すぐに国道を左折してJRを跨ぎ、高速の下をくぐって上り坂になる。そしてすぐにサミットを通過して、抜けると洞爺湖が見えてきた。第一印象は十和田湖と同じだな、という感想。
16:53 洞爺湖温泉着。ここが十和田湖で言うところの「休屋」みたいなところで、大きなバスターミナルとなっていた。YHへ行くにはここからさらにバスを乗り継がなければならない。これが最大の難点だったが、17:00発のバスがジャストタイミングで接続していた。
切符を買う際に、YHに行くにはどのバス停で降りたらいいかを聞いてみると、「登山口入口」バス停だという。
17:00 バスが発車。湖畔の道を右折して内陸に入る。しかし「登山口入口」というバス停はなく、「次は昭和新山です」との声。つまりこのバスの終着。おえおえ、と思った私は、唯一の話し相手の運転手に尋ねてみると、「もう過ぎた」と軽く言われてしまう。そしてその場で直ちに降ろしてもらう。
既に周りは何にもない見通しのいいところで、建物があるところまでは500mくらいの地点だった。
YHは湖岸道路と昭和新山への道との交差点のすぐ側のすごく分かりやすい位置にあった。腹立つからバス停を見に行くと、バス停名は「昭和新山登山口」。名前は正確に頼む!
17:15 どうにかYHに着く。相部屋なのに何故か鍵をもらう。そして同じ部屋には…。人はいなかったが、荷物はある。しかも、日本人ぢゃない!ドイツ人のようだ。
この部屋も風通しが悪くてクーラーがなくて頗る暑いが、一人で明日の予定を考える。とりあえず自転車で洞爺湖一周という目標は建ててはいたが、その他に有珠山にも行ってみたい、両方行ける時間はあるのかを検討。タイムリミットは15:14ごろにここを出発する室蘭行きのバス。いずれにしても、洞爺駅に戻ろうとするとバスの接続が悪く、洞爺から東室蘭までの列車本数も少なく、上手く行かなかった。
18:00 夕食となる。その他の宿泊客は、外人from USA×6のグループと、数十人の団体!それらに押されて隅っこの方で「一般客」の私は周りに誰もいない状態で夕食。続々と団体が押し寄せてくる。迷惑であったが、大阪弁が飛び交っていたので、勘弁したろか、という気持ちになる。
食後、軽く散歩。部屋に戻るとドイツ人が戻ってきた。このドイツ人は日本語 OKだった。東京に住んでいる研究生で、専攻は日独史とのこと。日本滞在1年にも満たないにもかかわらず、日本語はかなり上手い。
ドイツ人はロングラン花火大会で、洞爺湖温泉の方までクルマで外出してった。花火の見所は、その花火が上がっている3キロほど先の洞爺湖温泉付近であるが、交通手段のない私としてはどうしようもなかった。
ジュースを買いに外へ。とにかく部屋は猛烈暑い。部屋の外は全て涼しいので、談話室のようなところがあればよいが、ない。このYHは隣の「ホテル中ノ島」と廊下で繋がっていることからも分かるように、元々旅館的な場所であるといえる。十和田湖、田沢湖畔のYHと同様で、湖畔のYHはそうなっているところが多い。
明日の観光案内や情報を知りたいが、ペアレントは愛想が悪く、聞く気全くせん!YHといえば、GWでの弘前のように、私と同世代のヘルパーが出てきて気さくな会話をして、その際に情報を得たりするものだが、そういうかけらさえも見当たらん。
明日宿泊する室蘭YHにtelしてみる。ひょっとしたら6:00をちょっと過ぎるかもしれないので、それを言ってみると、すかさず「それなら夕食を無しにして下さい」と言われてしまう。ちょっとでも過ぎたら嫌、という口ぶりでちょっと腹立ったが、渋々なしにせざるを得なかった。よっぽど食事を提供するのが嫌なのかと思われた。おそらく1000円くらいでは赤字なのだろう。
もう一人の客は消えてしまうし…。結局、ペアレントに聞く。ここからでも花火は見えることは見えるらしい。
20:32 下へ。20:45から始まる花火を見るため。私は一人で近くの湖岸へ。
10分ほどすると外人が。日本語で話しかけるので、さっきのドイツ人か?と思ったが違う。ということは、さっきの米国人×6のうちの一人だった。グループでいるときはバリバリ英語だったが、めちゃ日本語OKだった。彼らは函館在住で、遊びに来ているとのこと。さらに、花火が始まる直前には残りの5人もやってきた。皆私に日本語で話しかけてきてくれ、そして何故か私が英語で答えるという不思議な展開。もちろん、当人同士の会話は全く聞き取れない。
花火は確かに見れたがやっぱり遠く、平凡であった。
21:05 戻る。結局、日本人の宿泊者とは全くの無会話だった。このYHはベッドではなくて布団だから見通しがいいのにひたすら無会話というのは重い空気だったが、私はずっと寝ていたからあまり関係なかった。
いつ寝たかよく覚えていないが、とにかくとっとと寝た。
6:45 起床。
7:00 朝食。ドイツ人は来ず、ここでも一人黙々と。団体を避けようと思ったが避けきれない。
7:25 出発準備は完了。下のフロントまで来て、団体の職員の人と話す。この団体は芦屋にある高校の生徒であった。しかしその高校のものと思えるバスのナンバーが「旭川」になっているのでそれを聞いてみると、深川に本校があるということであった。
\1,000で、レンタサイクルを借りる。借りたのはかなり大きな、28インチのママチャリ。変速なし。ペアレントから通り一遍の案内を聞く。洞爺湖の周りには彫刻が数十体散りばめられているからそれを見てきたら、と薦められる。パンフレットももらうが、私にとってはどうでも良かった。
7:45 荷物のうち、不要な衣類などを置いて出発する。まず目指すのは、有珠山ロープウエイの乗り場。さっきの話によると1.5キロほどだというが、いきなりの上りで行けども行けども坂は続き、ホンマに1.5キロなんかいなと思わずにはいられなかった。
8:00 峠を越えると後は楽で一気に着いた。乗り場は、昭和新山の目の前であった。まだ観光客の来る時間帯ではなく人少なくて快適だった。ロープウエイ乗り場へ。朝一のロープウエイは8:15で、一番乗りを果たすが、\1,450は高すぎ!私の後から意外と客が来て、10人くらいになる。団体客か?全員が大阪弁だった。
8:15 発。
8:20 山頂へ着く。「団体」が去るのを待っておもむろに展望台へ。展望台まで300mほど歩いて行くが、着いても霧で何にも見えない。。
今いるのは有珠山の展望台で、ここからは室蘭の白鳥大橋はもちろん、函館のそばの駒ヶ岳まで見えるらしいが、完全にスカを食らってしまってとっとと引き返す。そして次に、ロープウエイ乗り場のすぐ側だった、洞爺湖の展望台の方へと行くが、こちらも全く同じ結果…。こんな景色しか見れずに、はっきり言って\1,000くらいは損をしている。
8:45 下りのロープウエイへ。ロープウエイのガイドのお姉さんと話す。昨日は晴れていたらしい。ロープウエイの最終の時刻を聞いてみると17:30だそうだ。さらに下りは17:45だから、行けてたか?(無理があるか)。あるいは、霧が出る可能性の高い朝にここに来ずに、先に洞爺湖を一周してから来ればよかったか??どちらにしても、うまくやればちゃんと見れていたかも知れなかった。
ロープウエイ乗り場からYH前までの下りは、あっという間!!前を走るバスにまでぐんぐん追いついてしまうが、あまりにも危険。
9:15 一周へスタート!道路は平坦で風にも邪魔されずに快適。湖畔道路には1キロ毎にキロポストが建っているが、ほぼ1キロ3分のペースで走れた。途中で休憩を挟まずに、1時間ほどで半周してしまうほどだった。
10:30 ほぼ半周した地点に着く。「浮見堂」へ、立ち寄る。琵琶湖の浮御堂のパッチもんのような堂が建っていた。キャンプをする客でごった返しており非常に俗っぽい。今日は日曜だから、土日を利用して札幌あたりから一泊でここまでやってくる人が多いのだろう。とりあえず休憩の意味でここに寄ったが、特に何があるわけでもない。
10:48 出発。疲れはあったが、後半も3分/kmを維持。道幅は今までより狭くなり、1.5車線となる。制限速度は30km/hだが、当然ながらクルマは私の倍以上の速度でスピード違反をしながら抜かして行く。
しばらく行くと右上方から国道が近づいてくる。そして合流。ここから逆風になるが、すぐに洞爺湖温泉に着く。時刻は11:20。2時間余りで着いてしまう。本当に46キロもあるのか?
11:30 出航の遊覧船がある。乗るべきか乗るまいか迷う。十和田湖観光船ももう一つだったから、\1,320円もするしもったいないと考えたからだ。しかし、旅行に来てまで金をケチっててもしょうがない、と思うようになってきた。これのために生きているといっても過言でない私にとって、ここで金を使わないとどこで使うのだ、という気があった。ということで、乗ることにした。(ちょっと大袈裟!)
さすがにこないだのように一人ということはなく、結構乗っている。団体が乗っている。
12:00 洞爺湖内最大の島、中ノ島に着く。まだ時間があるし、せっかくだから降りてみる。この島に食堂があった。そして思わず、「名物」とされている「きじそば」と、おにぎりを注文。しかし合わせて\850は高すぎ。
食堂で食事をとると、次の船がもうすぐ来る時刻となる。30分間隔で来るが、あと30分いても何にもないし、できるだけ早くYHに戻って、早めのバスに、と思って次のに乗ることに。
12:30 発の帰りの船は「エスポワール」という「豪華」客船。しかし昼間で、客もそれほどいないために設備を完全に持て余していた。これはロングラン花火大会を見るための船であるようだった。船の外へ出てみると風が気持ちよい。
12:50 洞爺湖温泉に戻ってくる。時刻表を調べてみると、 14時過ぎにYH前を通過するバスにしか乗れないことが判明。時間が中途半端に余ってしまう結果となった。とりあえずYHを目指すことに。
13:08 13時ジャストに洞爺湖温泉を発車する昭和新山行きのバスに抜かされる。有珠山の方を見るとすっかり霧は晴れているから、もう一回行く、ということも考えられなくなかった。もちろん、\1,450をもう一回払うのは余りにもアホらしいからしなかったが、順番を変えていれば充分に見れた。
13:15 YHに着いて自転車を返すが、まだたっぷり時間がある。そこで、昨日賞味しようと思ったが既に閉店で断念した、「アイスの天ぷら」を。出てきたのは、シューアイスのような感じに外側にころもを付けて揚げたアイス。外側が熱く、内側はきっちりと冷たく、そのコントラストがよく、かなり満足が行った。「元祖」とあったが、何が元祖なのか。ここで作ったのが「元祖」なのか、ただ単に製法が「元祖」なだけなのか。それでも時間があるが、残りの時間は湖畔に降りてひたすら湖を眺め、湖に向かって石を投げるのみだった。
バス停には路線図が描かれていた。室蘭行きのバスとは言うが、経路はどうなのかが気になって。私としては東室蘭の近くで降りて、東室蘭−室蘭の「未乗線区」を、今日中に乗り潰してしまいたかった。路線図によると、とりあえず「東室蘭駅前」というバス停はない。バス停名と、「北海道ツーリングマップ」の室蘭市の詳細地図に書き込まれた地名とを見比べて、どのバス停がどのあたりかをチェック。結構近くを通りそうではある。
14:09 無事にバスがやって来てくれる。そして私は一番前に乗る。運転手に、東室蘭駅に一番近いバス停を聞く。東ターミナルというところがあるそうで、そこらしい。
14:25 「日本最長の高架橋」の下をくぐる。この高架橋は道央自動車道のもので、片側一車線の対面通行のようであった。全長1770mで、高さは50mくらいある。
海沿いのR37に出てきた。ここからはほぼ室蘭本線と並行する。室蘭行きの列車の時刻をチェックすると、15:40東室蘭発のがある。あと1時間くらいで20キロくらいだから行けそう。これに乗れないと、16:16発までぽっかりと空いているから何とか乗りたい。
室蘭に近づいて来ると、今まで晴れていたのが急に曇ってきて、霧まで出てくる。これから景色のよいとされる地球岬へ行こうとしているのに…。
「東北以北」最長の吊り橋、白鳥大橋が見えてきた。確かにすごい大きな橋。しかし対岸は霞んでよく見えないのが残念。明石海峡大橋でもこういう時はあるが。バスはその下をくぐっていくのみであった。
市街地に入ると速度が遅くなって時間の方も微妙となって行った。
15:33 東室蘭市街地に入ってJRを跨ぎ、駅とは反対方向に曲がったところにバスターミナルがあって、そこに着く。ここから駅までダッシュしなければならない。ターミナルは東室蘭から少し離れた場所にある。駅が見えない。方向はあっているだろうと思うが少し不安だったからおばあさんに聞いたりもして、ダッシュ。何で駅前に止まってくれへんのやと思いつつダッシュする。さらに、東室蘭駅は橋上駅舎のために跨線橋の上り下りを要し、いつもと違い、ここで切符を買う必要があったりしたが、かなりギリギリで間に合った。
室蘭行きは「すずらん」の成れの果て。「すずらん」と言えば、今やっているNHKの朝の連続テレビ小説のタイトルで、戦前の北海道の駅が舞台となっているドラマである。このドラマの舞台となっている「明日萌」(あしもい)駅が、JR北海道、留萌本線の恵比島駅であるらしい。そのために深川からSLが走ったりもしている。私はSLには全く興味を示さないからどうでもいいが、あっちには「鉄」を含めたかなりの観光客が集まっていることが想像される。このあたりの駅の広告にも、その「すずらん」に関するポスターが多く貼られていた。
15:40 東室蘭発。旅行四日目にしてようやく未乗区間に進入する。列車は工業地帯を突っ切る。左側は台地、右側は貨物用側線も多く見られる工場群や高架道路。線路はうねうねしていて、トンネルもある。横須賀線や、鹿児島本線の小倉−折尾間とよく似た光景である。途中の各駅は、斜陽化してしまった室蘭の町を象徴するかのように陰気であった。天気が悪かったこともあるが、それだけが理由には思えないほどに。
15:53 室蘭着。新しくなった1面2線の駅。駅舎もリニューアルされているが、駅の周りはがらんとしていて、宇野駅とよく似ていた。この先には線路跡の空き地が続いていた。室蘭駅はつい最近ここに移転されて、JR北海道の営業キロが1.1キロ短くなったのだった。
外は寒い。さっき洞爺湖にいたときは暑かったのに。余りの寒さに長袖を引っ張り出した。やっぱり北海道に来る時には欠かせない。天気が悪いから地球岬に行くのも気が進まない。どうしうようか思案。とりあえず、つい最近まで駅があったと思われる場所まで歩いていくことに。1.1キロ距離があると思っていたがあっという間に着く。旧駅舎はそのまま保存されていて、中は観光案内所になっていて、室蘭駅の変遷の展示や、去年6月に開通したばかりの白鳥大橋の写真などがあった。
旧室蘭駅舎。中は観光案内所になっているこの案内所の係のおじいさんに、今日地球岬に行く価値があるかを軽く尋ねてみる。全くなにも見えないことはないと言われるが、ありえんだろう。
旧駅舎の裏側の線路があった跡地から、新駅舎が見えた。距離にすると0.6キロくらいしかないようだった。
さあ、地球岬どうするか。明日出直すという手もあるが、今日行かなくてもどうせ中途半端に時間が余るだけだから、行くことにした。
16:52 に、室蘭駅前を発車する、「地球岬団地」行きのバスに乗る。目的地に近づくに連れてますます霧が深くなってくる。
17:02 およそ10分で、終点の地球岬団地バス停に到着するが、ここは「団地」であって何の変哲もない住宅街の真ん中で降ろされる。そしてガイドブックによるとここから地球岬までは徒歩で10分かかるという。気になるのは折り返しのバスがどのくらいあるのか。17:38にあるが、その先は6時過ぎまでない。ということで、このバスに間に合うことを目標とする。
歩いて岬に向かうのはもちろん私のみであった。最初は急な上り坂があり、そこを抜けると見晴らしのよいところへ出る。崖の下には海があるはずだが、海は見えない。T字路を右折すると、人気の全くない道路となる。その道を300mほど進み、分岐を更に300mほど行くと、駐車場がある。そして岬まで階段で上がる。しかし、まーたく見えん。何でも、景色のいいときは、青森の下北半島までもが見えるそうだが、今日は間近に見えるはずの海すら見えないのだ。見えるものと言えば、幸せそうな二人連れのみだった。。
展望台の真ん中に、「幸せの鐘」があったので、鼓膜が破れるかと思うくらいおもいっきり鳴らす。しかしここにいる中で一番幸せじゃないのは、間違いなく私だった。
長居してても全くどうしようもないのでとっとと降りてくる。駐車場の側には売店があった。ここでお気に入りの「揚げいも」を発見したので頼むと、「サービスするよ」のおばちゃんの言葉で、たこ焼きも付いてきた。もう閉店だから余った品を処分するためだろう。もうけた。しかし、食うところがない!外は霧雨&寒くて落ち着ける場所はない。
こうなったらさっきのバス停に停まっているであろうバスに戻りがてら、歩きながら食うしかない。暖かい茶を買って駆け足気味に坂を下っていき、食べようとするが、割り箸にささっている揚げいもは行けても、片手で器を持って、もう一方の手を使って爪楊枝で食わねばならないたこ焼きは全く不可能。
17:33 バスに戻る。ごちゃごちゃになっていた「手荷物」を整理し、残っていた揚げいもを食べ終える。ここでもたこ焼きを食おうという気にはなれなかった。
17:38 バスが発車。
17:45 室蘭の一つ隣の母恋駅前のバス停で下車。「駅前」だが、駅を通り越して交差点を左折して100mくらい進んだ先で降ろされて悲しくなる。
とにかく駅舎内へ。駅舎内は意外に人がいたが、ベンチも多く座る場所があって何とか落ち着けた。次の列車をチェック。すると、ちょうど17:35発が出たばかりで、次は18:32までしかない。何と1時間も間が抜けている。時間があるのでここでたこ焼きを賞味。冷めてしまったこともあるが、今一つであった。
列車発車までかなりの時間があるのに人が多いなと思ってもう一度よく時刻表を見てみると、「長万部方面」というところに、18:13発の長万部行きがあった。さっき見ていたのは「東室蘭、苫小牧方面」と書かれた欄だった。何でわざわざ分けるのだ?
これに乗るならちょうどいいな、と思っていたが、駅前のバス停でバスの時刻をチェックすると、17:55発のがあったからバスに乗ることにした。鉄道を蹴って並行区間をバスに乗るなどということは私にとって普段なら考えられないことだが、今回はどちらも金が要るのに対して普段はフリーきっぷなどでただで乗れるから、こういう選択にはならないのだ。
17:55 バスが発車。「新日鉄前」というところで下りる。
ここからYHまで、ガイドには「徒歩20分」と書いてある。何とかたどり着かねばならないが、さっきから散々キリの中を歩いてきて、服も湿ってきて寒い。体調を崩しそうな勢いだ。こんな中更に1.6キロも歩かねばならぬのは余りにもしんどい、と感じていた。しかもいきなり、どこで曲がればよいかが全く分からん!
と、その時。信号待ちで停車した空車のタクシーが目に入る。私は反射的に手を挙げて乗ってくことに。タクシーはUターンをして左折し、狭い道へと入っていく。途中から猛烈な勾配となり、最後には滑り台のような勾配になってる道を通り、その道を上り終えると、その先に見えるのは「礼文島8時間コース」で見たような海岸沿いの草原の丘の風景となる。余りの変貌ぶりに呆気に取られる暇もなく、YHにたどり着いた。かなりどうしようもない場所であった。
YHの外観は、「いかにも!」という感じ。中へ入ると、他の宿泊客らが食事を取っていた。私にはカンケーない。わずか10分の差で夕食にはありつけない結果となる。ペアレントが出てきて受付。疲れた体でこんなところまで連れてこられると、外へ出て夕食を調達する気がかなり失せてきたが、念のため聞いてみると、今日は輪西神社で夏祭があるからそこで何か買ってきたら?と言われる。そんなのごめんと思ったのでコンビニはどのくらいのところにあるかと聞くと、1キロ近くの距離のところにあると言う。これで、「夕食抜き」が、ほぼ決定的となった。でも何とか持ちそう。さっき地球岬でたこ焼きをおまけしてくれたことが効いている。
部屋は2段ベッドの上しか空いていなかった。部屋にいてても仕方がないと思って「談話室」へ。ホステラーからの写真などをチェックするが、古いのばっか。1980年代は多いが、1990年代は、92〜93年を最後にばったりと途絶えている。私がYHに目覚めたころには、世の中の若者は海外に目覚めて、下火になってた頃、ということのよう。漫画が多数置いてあるが、
9時過ぎまでさっきのライダーと少し話した以外はほとんど談話室で一人滞在し、阪神戦を見ていた。
しかし、風呂から上がる頃になると、さっき顔を合わせた同室の名古屋ライダーに加えて、女性ライダーも談話室へとやってくる。彼女は直江津からやってきたと言う。更に東京からの女性も。この人は私と同じで、公共交通機関利用の旅行者。直江津ライダーは、今回が初の北海道で、東京の人は30回以上来ているという。凄すぎる。。。名古屋のライダーは2週間の旅行の最後にここに来て、直江津の人は今日の夕方に室蘭港に着いたばかりとのこと。これから「フラノ」を旅することは決めているが、あとは何にも決めていないらしい。最初はこのあたりだけを回るつもりにしていたようだが、我々が寄ってたかって、道東へ行くことを強烈に薦めた。30回来ている人は、今回はいるかウォッチングのためにここへやってきたということ。
そんな話をしていると11時を回っていた。そこで3人の客がやってくる。これから話をしようとしていたところでペアレントが出てきて、お開きとなってしまう。しかし、ようやくYHらしいことができてかなり満足が行った。
6:45 起床。天気予報は可もなく不可もなく、というところ。ここの天気の方はというと、昨日よりは少しはマシだが、ほとんど変わらない。もし今日天気がよかったら、「地球岬リターンマッチ」と行こうと思っていたがパス。
7:20 出発。早目に出てきたので時間は十分にある。地球岬には行かないものの、このあたりのものすごい景色をじっくり見ずに帰るのはもったいないと思い、展望台に向けて歩き出す。しかし道が分からず途中で断念。そして、「鉄の町」室蘭をパノラマで撮影。
駅を目指す。坂道を下りるが、滑り台のような坂があるところではなかった。坂を下りきったところに輪西神社があり、その先にセブンイレブンが。遠すぎる。ここで朝食を調達。
7:50 輪西駅着。かなり余裕を持ってき過ぎた。輪西駅は当然無人駅で、ヤンキー出没の証多し。加古川もそうだが「鉄の町」とその周辺は、ヤンキーが多そうな印象がある。この待合室でおにぎりの朝食をたべる。
8:14 2分遅れで普通がやってくる。東室蘭は隣の駅だからすぐに着く。さっき出てきた角から輪西駅まで500mで、その角から東室蘭駅までが1.8キロくらいだから、東室蘭まで歩くのも一興だった。
8:17 東室蘭着。スタンプのために下車。スタンプの文句は「クジラとサッカーの駅」であった。何でサッカーなのか?コンサドーレ札幌が時々室蘭で試合をすからか。
8:28 発の「すずらん」待ちの客多いが、ガラガラでセーフ。
8:36 なんでこんな駅に停まるの?と言いたくなる「幌別」に着く。しかし意外と客が乗ってきた。
8:42 登別着。ここは市だから、さっきよりも当然多く乗ってきた。
今まで120km/hくらいの快速で飛ばしていた「すずらん」だが、ここを発車しても余り速度を上げない。それもかなり長い間。その結果、次の停車駅の白老で3分遅れとなる。乗り継ぐ南千歳では4分しかない。乗り継ぐ列車も特急だから、遅れても絶対に待ってくれないから気をもむ。
そこから遅れを取り戻すかのように猛烈に飛ばす。国道を走るクルマを快調に抜かしていく。
9:09 苫小牧でも2分遅れ。
9:26 南千歳着。降りてダッシュ。この駅で降りる客が結構いて、意外に思う。そして「おおぞら」に乗る。途中から乗っても座れないだろうと思っていたが意外と空いていた。これに新夕張まで乗るのだが、これに乗って座れてしまうと、このまま十勝、道東の方まで抜けてしまいたくなる。そういう案も検討してみたりもした。
この未乗区間、左右を森林に囲まれた地帯となる。途中にいくつか信号所がある。また、スノーシェルターも目立った。
10:03 新夕張着。かなり大きなホームだがトーゼン人気無し。一旦改札を出る。そしてスタンプへ。帰りにまた戻ってくるつもりだが、ちょっとは時間があるので押しに行く。しかし印字面はボロボロで、中身も、1981年の石勝線開通を記念したものだった。もう20年になろうとしているのに。
夕張行ももち単行。ここもひたすら眠気との闘いだった。
10:10 新夕張発。沿線は今まで通ってきたところに比べて少しは人の住んでそうな感じがするが、もはや産業がないのになんでこんなところに未だに人が住んでいるのか不思議に思えてくる。客の中にはかなり若い(子供だが)客もいたが、非常に意外だった。
10:37 夕張着。何と夕張駅は無人駅!駅舎は新築されているが、駅前にはロータリー以外にはなーんもなし。あるのは「ホテルMt.レースイ」と、「セイコーマート」のみ。しかもこのホテル、スキー客専用のリゾートホテルで、夏期は休業していて人気はなし。駅前にバス停があるが、ここのバス停名は「夕張駅前」ではなくて、「レースイリゾート前」だった。行こうと思っていた「石炭の歴史村」は、看板によるとここから2キロも先のところにある。非常にアホらしい。予定では一本飛ばして12:13発のに乗ることになっていたが、このまま折り返して帰ったろかという気持ちになる。しかしすぐに折り返す10:45発に乗っても新夕張から乗る列車がなく全くスケジュールに余裕ができないことが判明。となるとではだいぶ時間があるので石炭の歴史村まで行くしかない。
夕張駅。奥に見えるのが「ホテルMt..レースイ」こんな駅前ではあるがタクシーは止まっていた。地図を見てもかなり遠いので、常識的にはタクシーだろうが私は歩きを選択した。
200mほど進むと、道は二手に分かれていた。どちらを通っても1キロほど先で合流するのでどっちに行っても構わない。私は高い方を通るルートを選ぶ。右下を見下ろすと、線路跡と思われる跡がある。
10分ほどしてようやく、上の道と下の道との合流点までたどりつく。ちょうどこの合流点に市役所がある。人口2万を切ろうとしている市の市役所にしてはやたらと豪華な建物だった。夕張市の中心部にようやくにしてやってきたが、トーゼン人通りは少ない。そもそもこの町は狭い谷に押し込められたような感じであるからだろうが。
その市街地が途切れてなおも先。さらに10分ほど歩いてようやく、「歓迎・石炭の歴史村」のアーケードが見えた。それが見えたとき、右下にサイクリングターミナルが出現する。このサイクリングターミナルは、夕張市内の観光スポットを自転車で回ってもらうためにつくられたものだと思うのだが、それがなんでこんなに駅から離れたところにあるのか!駅前にあったら間違いなく利用していたにちがいないのに。
「歴史村」の案内所があったが、この建物がまさに、旧夕張駅舎だったのだ。。ホーム、駅舎、駅名標等がそのまま保存されていて、線路側は駐車場となっていた。駅名標の隣の「名所案内」を見ると、石炭の歴史村はここからまだ0.6キロ先で、現夕張駅前の「レースイリゾート」は3キロ先となっていた!そら遠いはずや。
11:15 ようやくにしてたどり着く。「石炭の歴史村」は、遊園地となっていたが、世間一般では今日は平日だからだろうか、客は皆無。しかしよしんば休日だったとしてもそんなに賑わうところとは思えなかった。
博物館があると思っていたがひたすら遊園地しかない。あれ、と思っていると博物館が現われた。さっき歴史村のバスターミナルで調べたところによると、「レースイリゾート前」を通るバスが11:40に出ている。20分とちょっとしかない。しかし札幌まで直接行く急行バスというのがあり、それはここを始発として「レースイリゾート前」を通り、ここの発車時刻が12:46となっている。夕張線の上りに乗れるか微妙なところだが、間に合わなかったら最悪これがある。バスに乗ると¥1800も余分に払わねばならないことになるが、ここまできたら入るしかない。
中はかなりいろんなものを展示してあって内容はあった。しかし、各データがここができた昭和55年時点のままのもので、時代のギャップを感じる。この当時はまだ石炭があちこちで掘られていたが、今や日本ではどこでも掘られていないのだから。一通りフロアを回ると、順路上にエレベーターがあった。エレベーターの下は、炭坑内の様子を再現したつくりとなっていたが、時間ばかりが気になってあまりじっくりと見れなかった。
とっくにバスの発車時刻は過ぎているのでとりあえず歩いていくしかない。タクが来れば乗りたいが、タクシーはもちろんクルマさえほとんど通らん。どんどん駅に向かって歩いていくが、タクは来ず、無情にもTime up !
帰りはさっき通らなかった町中の道を突っ切っていく。腹減った。街中で飯を食おうかと思ったがいい店が見つからず気が付いたら「駅前」のセイコーマートに行くしか選択肢は残されていなくなってしまった。
「セイコーマート」で、弁当と、自転車旅行のときに一回食ったことのあるシュークリームがレジのところに置いてあったので思わず買ってしまう。やっぱり「セイコーマート」で買い物をしないと、北海道に来た気がしない?!
それを駅舎内で食べる。駅舎内にはなぜか花屋があったが、それで終わり。こんな市街地から遠く離れたところに駅を追いやり、石勝線との接続も最悪で、「夕張から札幌へは鉄道では行くな」と言われているかのよう。こんな路線とっとと廃止にしてしまえ、と思ってしまう。
帰ってきてからかなり後から気が付いたことだが、宮脇俊三の最新著書「駅は見ている」の最初の章に、この夕張駅の2度に渡る移転劇について書かれた文章があった!それによると、最初の移転は市の中心部に駅を持ってくるもので、2度目の移転は「レースイリゾート」へ客を呼び込むためのものであることが分かる。また、2度目の移転によって現在位置になった夕張駅は、好評だということだった。納得が行かんが、そういうことなのだろう。
12:52 札幌行き高速バスが到着。バスは団体観光用のハイデッカー車で、客は0だった。次のバス停で一人乗るが、あとは…。
西にある札幌へ向かうのに、夕張線が一旦真南へ進まねばならないのに対して、バスは一直線で札幌を目指せる。その点でもバスの方が圧倒的に利用価値が高いものと思われる。
室蘭本線の駅もある栗山のターミナルで、二十人くらいが乗ってきた。夕張にいた頃はかなり曇っていたが、ここらまで来ると空は晴れていた。このバスは、普通の農道のようなところを平気で突っ切っていったりする。こういう道は凸凹が多くよく揺れる。非常に危険。
江別から道央道へ入る。一番前で大きな窓を前にして景色がいいのに、又しても眠気が…。気が付くと高速を抜けて札幌市街へと入っていた。そして、リニューアルされたという「時計台前」のバス停に下車して思わずぱちりと行ってしまう。9年ぶりである。その後引き続き、「9年ぶり」に雪印パーラーにでも行ってみようか、と思って前を通るが、一人で入る店ではないと悟ってそのまま通り過ぎた。
そしてそのまま北上して札幌駅へ。今回も工事中。この駅はいつ来ても工事中のような気がする。他にすることもないのでそのまま一直線に改札をくぐり、とっとと「スーパーホワイトアロー」の発車するホームへ。4両編成で並ぶ客も多くいたが、余裕で空いていた。
15:00 札幌発。130km/h運転を、デッキ扉上部にあるデジタル時計と地図とを照らし合わせ、いまどのあたりにいるかを確かめながら楽しむ。
15:25 岩見沢着。ここからは、3年前自転車で走った思い出のR12が左へ行くので左へ無理矢理シフトしてみるが、やっぱり右側からの方が楽しい。駅がよく見えるし、複線なら線路、すれ違い列車が見れるから。
15:48 滝川着。ここから深川まで再び睡魔。深川から先は「準未乗区間」だからと、目を凝らす。今までの平野部から一変し、山岳路線となることを確認。そして長いトンネルを抜けると旭川盆地内にある旭川市街へと入っていく。
16:20 旭川着。これで3度目の下車となるが、一回目は堂本堂合宿のときで夜、2回目は冬に来て風邪でフラフラの状態。ということで今回初めてまともな時間にまともな体で降りることができる。
まずすることといえば明日の宿の手配。来るまでに昨日の室蘭YHまでは予め予約してきた。今日は美瑛近辺で泊まりたかったのだが、一ヶ月前に電話したにもかかわらずYHは二軒とも満室で、宿泊地は決めないまま来てしまったのだ。
案内所へ行って、富良野、美瑛近郊で宿を探していると尋ねるが、「管轄外」といわれて、富良野美瑛のパンフレットを渡されて終わりだった。しかしこれには「とほ」系の宿は載っていない…。
仕方なしに宿情報を仕入れるために町を歩く。駅前通りはホコ天となっていた。若者が多く、当然かわいい娘も多い。一人で町を歩くとどうしてもlonelyな気持ちになる。北海道に来てまで人の多いところへ来る必要性は全くないことを感じる。
「マルカツ」という百貨店と、西武の本屋を回った。どちらにも「北海道コーナー」というコーナーがあって、物色するが、いい情報の載った本は見つからず。「とほ」が欲しかったのだが…。なんか知らんが、相当疲れた。することもないが、町をぶらつく。そろそろ夕食を、と思って、ガイドブックの地図に載っていたラーメン屋へ。¥800の大盛り味噌チャーシューメンとする。この店には、サザンオールスターズを始めとして多数の芸能人のサイン色紙が張られてあった。そんなに有名なところなのか?味はそこそこだった。
最後に、常盤公園というところへ行ってみる。何の変哲もない公園ではあるが、芝生がきれいで広く、人も少なく快適な場所であった。この芝生の上でしばらく寝転ぶ。常盤公園は旭川駅からかなり北にある。そこからバス停まではかなりの距離があった。
19:09 私の乗るバスが発車。バスは快調に進み、これではとても歩きでは無理と実感する程遠いところにあった。どんどん進んでいく。
19:20 YH前に到着。写真で見るととんでもない外れだと想像していたが、そうでもなかった。外見に比べて中身はきれいであった。部屋は普通のベッドであったが、私が一番最後に来たために真ん中で、しかも他の客が全員部屋にいて全く落ち着かん。荷物を置いてとりあえず下へ降りてみた。すると、ロビーにはソファーがあって、漫画や観光ガイドなどが読めるコーナーがあった。そこに一人の客が座っていた。私はその人の隣に座って、話し掛けてみた。その人はチャリダーで、今日は膝を痛めて遠軽から輪行らしい。
そこへもう一人やってきた。この人は関西から来たことが言葉から丸分かりで、いつもの通りに親近感が高まる。この人は西宮に住んでいて、兵庫県庁に勤めているらしい。
二人とも明日は美瑛の2YHに泊まるらしく、しかも予約したのは19日の朝と、先週の水曜(15日)!私などは一ヶ月前から予約しても軽く断られたというのに、何たること!!直前になるとキャンセルがあったりするために結構空いていることがあるらしい。ここで、今から電話してみたらひょっとしたらキャンセルがあって行けるかもしれないよ、と言われて私もその気になる。早速telしてみたが、やっぱりムリだった。さらに、これが一番やりたかったことであったのだが、ここで「とほ宿」情報を掴んで何とか泊まれるところはないものかと考えた。自転車の人が持っていた、「北海道ツーリングマップル」には、「とほ宿」の場所と電話番号までもが載っていたのだった。それを借りて早速tel。すると、2軒目で「お待ちしています」の返事。よっしゃあ!
これで美瑛に泊まれることが決まった。しかし、本来美瑛のYHで泊まりたかったのは、YH主催のツアーに参加したかったからからだったのだ。だから明日美瑛で泊まったとしても時間がない上、「とほ」の宿にはそんなツアーはなさそうだから、本来の目的は果たせないのだった。しかしこの場では、勢いに任せて突き進んでしまう結果となった。
さらに、昨日兵庫県庁の人と同じYHに泊まっていて、今日偶然再会したという女性も加わる。この人は仕事が多忙を極める中ここまでやってきて、今日は本来明日からの仕事のために帰らねばならなかったところだったのが中止になって、今日もこっちで泊まることになったとのこと。
自転車の人は疲れのためかすぐに寝るが、その後さらに二人加わる。一人は摩周湖YHのヘルパーをやっている女の子で、もう一人はその「つれ」(♂)で、関西から来た人だった。ヘルパーの子は、元々北海道を旅行するためにやってきたところ、摩周湖YHのペアレントに気に入られてヘルパーをやるように薦められてそれを受け入れて今ヘルパーをやっているらしい。今日は「休日」ということで旅行をしているとのこと。
兵庫県庁の人は「元鉄ちゃん」であったらしく、私は今回の旅の目的を話した。そしてもうすぐJR完乗を達成することを話すと、「ようやるなあ」と感心される。しばらくそういう鉄道の話で盛り上がってしまった。
北海道のベテランが顔を突き合わせて色々な情報を飛び交わせていると、もう12時を回っていた。時間を忘れさせてくれるほど楽しい時間を過ごせた。これでこそYHなのだ!(あまり偉そうに言えた義理ではないが。)私は結局風呂にも入らず、部屋へは時刻表や地図、ガイドブックを取りに2回ほど戻っただけであとはずっと下のロビーにいたのだった。
24:40 就寝。他の客がとっくに寝静まっている中、私とさっきの関西人がこっそりと部屋に入って床に就く。しかしこの部屋、やはりクーラーがなく。窓を開けておらず猛烈に暑く、全然寝られそうになく、窓を開けに行きようやく寝られた。
6:30 起床。あっという間に準備を済ませて、下へ降りる。
7:14 出発。バスには昨日YHで見た、70くらいのじいさんがバックパックを背負って、60前くらいのおばさん、そしてこれまたYHにいたと思われるおねえさんが乗ってきた。
7:29 旭川駅前の1条7丁目のバス停に着く。ここで私とさっきのおねえさんとが降りる。そして私の方から声をかけてみる!この人は、中富良野に置いたままのクルマを取りに行くところだった。つまり、途中まで私と全く同じ行程となるのだった。朝ご飯まだですよね?と尋ねて、まだだということになって、駅のキヨスクで一緒に買い物をする。
7:47 発の富良野線は、旭川駅の外れのホームから発車する。単行なら座れないか、と思ったが2両編成で何とか空席があった。この車両も新型の2&1のボックス少数車両だったからやばかったが。
彼女は埼玉の「山屋」さんで、2ヶ月前からクルマで旅行を始め、九州から北上して、あちこちの山を登ってきたとのこと。仕事は、今は休職中だが9月からは職に復帰するとのこと。「何の仕事ですか」と聞いてみると、看護婦だという。手に職があるからいつ辞めてもすぐに次に仕事が見つけられるから、こういうことができるのだろう。しかし仕事をしているときには全く休みが取れずに旅行どころではないらしい。クルマが好きでクルマの話を私に振ってくるが、クルマ嫌い、クルマに関する興味、知識が皆無の私にとっては、かわすのに苦労させられる。美瑛まで一緒だたったので車中でそういう話ができた。
8:20 美瑛着。おねえさんと別れて、私は下車。情報通り駅前にレンタサイクル屋があった。早速申し込みに行く。他にも多くの客がいて混雑していた。しかしさすがに、私が心配していた、レンタサイクルが全て貸し出されるような事態にはなりそうにもなかった。
MTBは止めてあえてママチャリとした。28インチで変速付きだから、昭和新山のに比べれば楽だろうと思って。ここの店員のばあさん。かなりよぼよぼだが意外としっかりと、周辺の観光案内をしてくれていた。
8:35 そして出発。いきなり曲がるべき角を間違えそうになり、地元のおっさんに正される。踏切を越えて国道に出、すぐに国道を横断するといきなり坂。「丘の町」というだけのことはある。
8:50 まずやってきたところは、「北西の丘展望公園」というところ。展望台があって、上から見ると周りを見晴らせる景色のいいところ。小さなラベンダー畑もある。富良野でも同じような眺めがあったが、こっちの方が断然よい!
そこを後にすると、簡易舗装道路の下り坂となる。しばらく下ったところに、広大なひまわり畑があった。そこのひまわりは満開!こういう景色が広がり見応えがあった。パノラマ・カメラが大活躍!
下りきった先のT字路を右へ。「順路」は左であったが、右には2回も断られた美瑛ポテトの丘YHがある。美瑛ポテトの丘YHはまさに「美瑛の丘」のど真ん中の、眺めが最高の位置にあって、建物もペンションと見まごうばかりにきれいであった。それもそのはず、できたのは1995年というからまだ4年しか経っていない。その周りの風景と建物を見たことによって、非常に「高嶺の花」に見えた。
Uターンして順路に戻る。次は「マイルドセブンの丘」となるが、その前に、看板につられて「赤麦畑」へと行ってみる。せっかくさっき登ってきたのにかなりの下りでどんどん位置エネルギーを失っていく。下りがあるということは帰りは上りとなる。峠越えはメリハリがあるからよいが、こういうアップダウンが一番性質が悪い。
9:20 「赤麦畑」と思しきところに到着。ここはただの畑なのだが、あぜ道まで自由に出入りができて、多くの観光客が行き来していた。その中には本格的な写真を撮っている人がかなり多く見受けられた。誰もが絶賛する眺めである、ということだろう。
その「寄り道」をしたあと、「マイルドセブンの丘」を目指す。未舗装道路の上りがあるがこっちではないことを期待して通り過ぎようとするが、多くのクルマがそっちを行くのでおそらくそっちに行かねばならないと判断し、しんどいが登っていく。
9:40 「マイルドセブンの丘」前の駐車場に着く。マイルドセブンの丘の方は、さっきの赤麦畑から見た風景とほとんど区別が付かなかった。
10:40 兵庫県庁の人がお勧めだった「五稜」というところを目指す。しかし五稜までの道は、今までの開けた丘陵地帯とは違い未開拓の森林の中となり、しかもひたすら上り。行けども行けども景色のいいところにはたどり着けない。それに、もらった地図、持ってきた地図どちらにも、「五稜」の手前で切れている。結局何処まで行けばいいか分からず引き返すしかなかった。帰りはさすがに爽快ではあったが、何のために登ってきたか分からず、これが後々効いてくる。
そして順路通りに「親子の木」を目指すが、間違った道を2キロくらい来てしまって引き返したりしてしまう。「親子の木」を探すが、どれがそれに当たるのかさっぱり分からず気が付いたら通り過ぎてしまっていた。後で気が付いたことには、昨日旭川の観光案内所でもらったパンフレットには、美瑛の見所の写真と、地図がちゃんとあったのだった。これで、どの木がどういう感じの木であるか、また、見ていた地図では分かりにくい場所のフォローとして十分に使えたのだった。
次に待ち構えるのは「セブンスターの木」である。相変わらず地図もあんまり見ずに道路標識を頼りに行く。そしてまたジャリ道の上りが。ここじゃないことを願っていたが、多数のクルマがこの道を上がっていくではないか。ということはやっぱりここなのか、と思いあがっていくことに。パンクが怖く、摩擦抵抗が大きいことから途中から押して上がらざるを得なくなった。
11:55 そして上り詰めた先にやっぱりレンタカーが多数止まっている。「セブンスターの木」の標識と、矢印も示してあるが、どれが「セブンスターの木」なのかが分からん。ここから「セブンスターの木」が見えますよ、ということなのか、それとも「セブンスターの木」へはこの道を行けば行けますよ、というのかさえも分からん。近くで本格的に撮影をしていた夫婦に尋ねてみると、この坂を下りていったところにあるという。つまり、今私が必死で自転車を押して上がってきた道を戻れという。何やと?!降りるのはいいが、またすぐに上りがあることは必至。しかしだいぶ消耗した体力で、下りていくことにした。
下りきってさっきの舗装道路との合流点まで出てさらに下り。しばらくすると、ちゃんと「セブンスターの木」と書かれた標識があった。標識通り分岐点を右に折れるとまた上り。もはや押していくしかなかった。
12:20 登り切ったところに、木&休憩所&駐車場が。人がめちゃ多い。腹減ったので、休憩所内にある仮設の売店へ。「こふきいも」¥200を。この売店のおねえさんに、「ここがセブンスターの木ですか?」と尋ねてみると、「そうです」と。ようやくにしてたどり着いた。
皆、木の下に立って写真を撮ってもらっているが、かなり「順番待ち」をしていた。そんなのと一緒になりたくないと思って、近くから撮るのを断念。大体、近くから撮影してもただ木があって終わりの絵しか撮れないではないか。遠くから撮ってこそ、丘の上にぽつんと一本の木が立つ様子が撮れるというものなのに。
そして少し離れたところから撮影して、次の場所へと向かうが、さっき夫婦に尋ねたときにいた景色と同じような景色だな、ひょっとしたらこの道はさっきの道なのか?と思っていると、やっぱり!!えらい遠回りをしていたことになる。この道はほぼ尾根伝いの道だからアップダウンも少なかったし。
12:50 ここから「ケンとメリーの木」まではほぼ尾根伝いだったのでスムーズにたどり着ける。そして「セブンスターの木」周辺と同じような事態が。ただの木の周りに何故こうも人間が群がるのだろうか。ここには民宿「ケンとメリー」があり、おもくそ商売をしていた。(下写真の右の建物)
ここでもとりあえず撮影して次へ。
もう、美瑛駅の西側ではほぼ見所は網羅できたが、東側でもう一つ、昨日の旭川YHで一緒だった女性のお勧めポイントである、「水沢ダム」へ。愛用していた、レンタサイクル屋でもらった地図は、東側しか載っていないのでここでお役ごめん。そしてこれからはインターネットで入手してきた地図の出番となる。
そろそろ列車の時刻を確認する。下りは13:58と、15:00があった。13:58を目標に定めることにする。
ところが、今まで使ってた地図と同じ感覚で行くと痛い目に遭った。というのは、縮尺が全然違っていたのだ。思っていたよりもかなり距離があった。しかも看板も何にも出ていないのでよく分からん。そして、どんどん人のいないところへと…。たまたま牧場で農作業中の人がいたので、その人に尋ねてみると、たまたま道は合っていた。この先にも上りがあったが、もはやこぐのは無理だった。
13:30 水沢ダムに着く。もはや13:58は無理。このダムはかなりナイスな場所であった。しかし、先客!!ということで、せっかく景色がいいところだったのだが一人占めできる場所を失ってどうすることもできなかった。その先の道からもしばらくはダムの水が見れるのがせめてもの救いだったが、労多くして益は少なかった。
地図通り左折してみると思いっきりダート道。さらにその先は工事中で道すらない!とりあえず迂回路があったのでなんとかなった。ダートをクリアして、どーにかこーにか舗装道路へ。この舗装道路は行きしなに通った道の延長だったから、この道を真っ直ぐ行くと帰ることができる。
14:10 美瑛駅前に戻ってくるさっき軽食は取ったがそれだけでは当然足りないので、ラーメン屋で昼食。
14:40 自転車を返しに行く。6時間以上も使っているので、一日分として計算されて¥1,000だった。
15:00発の富良野線下り列車は「富良野・美瑛ノロッコ号」だった。そのために座れるかが非常に不安なところ。幼稚園児の団体客が既に20人ほど待っていた。
14:54 列車が富良野方面から入線。このノロッコ号はこの駅が始発だった。客が150人/両くらいが乗っていて、いつまで降りる人がいるねん!というくらい、人が途切れなかった。ということで、窓に向かった座席をキープできた。
15:00 発。「ノロッコ号」はトロッコ列車で開放的で風を感じることができる。速度は30km/hくらいでゆったりとしていて非常に快適。車内には、「北の国から」で使われていた音楽がひたすら流れている。車内には売店もあり、女の人が観光案内をやっていた。
15:16 6.8キロに16分も要して美馬牛着。思っていたよりもみすぼらしい駅舎があるのみの駅だった。もちろん無人駅。駅のすぐ裏側には、同じく2回断られた「リバティYH」が。美瑛ポテトの丘と同じくペンション風の建物で、高嶺の花に思えた。
私の目指すべき宿もこの駅から下車して歩いていくところだが、何処にあるのか。地図など一切持っていないのでちょっと不安。
15:29 美馬牛の次の上富良野の先から速度を上げる。次の西中駅通過には気づかず。
15:37 ラベンダー畑着。この駅は臨時駅。1日5本の列車が止まる。よく考えると、花を見るための臨時駅という点で、私が以前降りた、常磐線の偕楽園駅と同じである。
ここでの乗り降りはかなり激しかった。ファーム富田はここから見えてはいるが、すぐには着けなさそう。折り返しの上り列車は16:19があり、それが最終である。ラベンダー畑の前後に止まる列車はあるが、近い方でも1.5キロあるからできるだけここへ戻ってきたい。ということで42分しか時間がない。
渋滞のクルマを尻目にサクサク歩いていき、10分ほどでたどり着く。ここで、「お約束」のラベンダーソフトを、と思ったが、行列で断念。肝心の花の方はというとこれは見事で、丘の上から見下ろすと花畑とその先に見える十勝岳の眺めが素晴らしい。しかし人多すぎその価値も半減か?仕方のないことだが。
この畑にはラベンダー以外にもいろんな種類の花が栽培されていて、下の写真のようにそれらの花が帯状になって,虹のように見えるところもあってなかなかよかった。
帰る頃には行列も少なくなった、ラベンダーソフト屋でラベンダーソフトを。時間も余りなく、人多すぎて落ち着いて食べるところもないので、又しても歩きながら。前も言ったような気がするが、普通のソフトクリームが薄紫色をしている、という感じがするだけだったが、「お約束」ということで、満足であった。
16:10 ラベンダー畑駅に着く。10分くらい前に着いてしまい、少々もったいない感じがするが、いつものこと。並ぶ客が多数。
16:19 発。これまた「ノロッコ号」だった。既に座るところもなく、早く着いてくれと祈るのみ。
行きしなはそうではなかったが、一旦乗ってしまった帰りはとろとろ走っていることが鬱陶しく感じられた。乗っている客の中には地元の子供もいたが、もしこの列車が定期列車の「スジ」を利用したものであるならば、かなり迷惑なことだろう。
16:47 美馬牛着。今日の宿はここから徒歩5分。駅の北西部にあることだけは分かっていたから勘で歩いていく。歩いてすぐのところに地図があってあっさりと道が分かり、あっさりと辿り着く。外観は新しくてきれい。中は「あしたの城」そっくりであった。一泊2食付き¥4500円と、まさにYH並だった。5時前とかなり早めに着いたと思っていたのに私は一番最後で、又しても窮屈な2段ベットの上段。
部屋には居づらく、外へ出たり館内をうろついたりする。談話室も完備していたので覗いてみると、漫画が大量においてあったが地下にあって陰気な上、狭く、にもかかわらず既に3人の先客が漫画を読んだり地べたで眠ったりしていて、全くいれそうになかった。談話室というよりは「漫画倉庫」という感じ。ここで居場所はあるのか?
18:30 夕食。客が全員集まる。17人くらいいてほぼ満員状態。このくらいの人数になるとグループ化されてしまう。私の隣にグループは盛り上がっているが、私の周りは静か。私が何とか話を振るが、全然続かん。次第にめんど臭くなって黙る。
食事が終わると他の客は蜘蛛の子を散らすように去っていき、最終的には食堂内は私一人に。しかし2段ベッドの上に帰る気がしなかった私はなおも居続ける。
と、その時。「ルービックキューブ」発見!早速やり始める。私が小学校1年のときに流行っていたもので、もう20年近くになる。とりあえず軽く1面はそろえるが、全面そろえようと、必死で回すが、全くできそうにもなかった。
ここに戻ってきた客に、この宿の子供がやたらと懐いていた。この客はここのかなりの常連のようだった。さらにその隣にいた客も。子供に懐かれていた方の客は、30歳前後の、広島から来た(東京出身で、現在広島に転勤中の身)人、もう一人は仙台から来たという人で、こちらは35前後。やけに子供の扱いが上手い広島の人に「お子さんがいらっしゃるのですか」「ご結婚は」という質問をしてみるが、どちらも「No」。「していたらこんなところには来ない」という答え。この二人は常連でよく顔を合わせているからか親しく、さらにここのオーナーとも親しく、全く話に付いていけず入れず、私が「部外者」のような感じがして、私はそこでひたすらルービックキューブをやるのみだった。
しかし途中で何度か入る隙があって話をするときもあった。私は主に広島の人と話す。ここはやたらと常連さんが多いですね、と私が言うと、どこでもそうなんじゃないですか、とのこと。元「とほ宿」の、「ふらりん」のときにもやっぱり常連が多かった。この人は年に4回くらいここへきて、ひたすら滞在し続けるという。ずっと居てて何をするのだ?聞いてみると、漫画を読むなどしてぼーっとしているとのこと。そんなことのためにわざわざ、と私は言うと、環境が変われば気分転換となっていいよ、ということだった。これはもはや「旅」とは全く趣が異なる。そういう滞在も面白いかもしれないが、どうももったいない気がしてしまう。
今回北海道を訪れたことによって北海道のJR完乗を達成し、見るべきところはほぼ回り尽くした感がある。ということから、私は北海道は好きだが、もう乗るべきところがないから行っても仕方がない、という心理が働いてしまうかもしれないと感じた。
21:00 tea time となり、他の客が皆出てきた。私は相変わらずルービック。それを適当なところで諦め、おもむろにもう一つあったパズルを。このパズルは正方形の枠の中に、色々な形のピースを収めていくパズルで、家に昔からあったもの。だからすぐにできるだろうと思ってはじめてみたが、全然できない。
その間に、広島の人と仙台の人と会話を挟む。そこで鉄道や空港などの話をする。広島の人は「青春18きっぷ」を愛用していて、広島から東京への帰省の際にも利用していて、JR−Wの新快速の快適さ、姫路−岡山間と、米原−大垣間の本数の少なさなどについて話す。仙台の人とは、701系の酷さ、青森駅で私が広告を発見した「仙台−青森割引きっぷ」の話などをする。二人とも国内旅行専門だったために、旅行に関する話で共通項が多かった。
23:00 消灯前にようやくパズルを完成した。結局パズルにはまってしまって他の人と話すことはできなかった。
この宿は設備的には申し分なかったが、同宿者とのコミュニケーションが上手く行かなかったので、印象としてはもう一つ高くなかった。凡そ一人旅の宿は、設備のきれいさよりも、同宿者との会話の善し悪しで、その宿の印象が決まってしまうところがあるから。
7:10 起床。ほぼいつもの時間である。
7:30 朝食。パン食で、昨日に引き続いて会話に苦労。
ほぼ全員が食べ終わるころに、広島の人がのさっと現われる。さすがはここの常連さん。その辺のわがままは十分に利くのだろう。この人も今日帰るのだが、特に何をする訳でもなくぼーっと滞在して、昼前に出発するらしい。私の乗るべき飛行機は16:05発なので、10:12で出発しても構わないのだが、ここで10時までぼーっとしてても仕方がないと思って、早目の出発にすることにした。
8:20 出発。昨日最初にしゃべった人としばらく行程が同じ。駅まで一緒に歩いていく。
8:28 発。「リバティYH」からの客が多く居るなど、この駅から20人近く乗り込んだ。後ろの車両はまだ空いていたのでそっちへ。
彼は札幌への仕事のついでに休みを取ってここまでやってきたということ。今日は午前中このあたりで時間があるが、どうすればいいか悩んでいた。私は富良野で滞在した「実体験」も踏まえて情報提供。そして、昨日行った「ファーム富田」へ行くことを薦めた。彼の持っていた小型時刻表には「ラベンダー畑」駅が載っていなかったので、私のJTB大判時刻表で、時刻を調べてあげる。
8:51 中富良野着。ここで彼は下車して別れる。
この列車は帯広行きであるが、私はこれに新得まで乗る。すごい遠回りだが、JR北海道最後の未乗区間の一つ、石勝線に乗らねばならないから仕方がない。
9:00 富良野着。「ツーリングトレイン」には人が居ない。おそらく使用中止になっているものと思われた。
大半がこの駅で降りて二人掛けボックスに荷物を置く。10分ここで停車するので、一回押しているスタンプを押し、一回撮っている駅舎を撮影して戻る。戻るとしっかりと前に客が。
9:10 富良野発。ここからは既乗区間となる。相変わらず景色がよいのでひたすら眺める。この列車は一応快速「狩勝」と名が付いているもので、およそ半数の駅を通過してくれるから快適。しかしそのために、途中駅で降りる客がいない。二人掛けのボックスに相席で二人で座ることの窮屈さを感じ始めてきた。同じ相席なら4人掛けで二人の方がいいに決まっている。荷物を地べたに置かねばならないし。
9:52 高倉健とヒロスエが出ている、映画「ぽっぽや」の舞台と(映画の中では「幌舞」駅)なっている、根室本線幾寅駅に停車。ここで観光客が大量に下車する。
この二人掛けの席では何をするにも窮屈と判断し、ガラガラの国電型座席へとシフトする。
10:01 落合着。ここからの狩勝越えは「準未乗」。そして「日本三大車窓」の一つとあって、気合いを入れて景色を見る。狩勝トンネルを抜けると、十勝へ抜けて、ひたすら広がる森林とその先にある平野が見渡せた。天気もよかったのでしっかりと拝めたが、思っていたよりも下を見下ろせるような車窓ではなかった。
10:28 新得着。次に乗るべき「スーパーおおぞら4号」、気がかりなのは乗車率。何せほとんどが単線の釧路−札幌間348.4キロを3時間32分で結ぶ「スーパー気動車」だから、混んでいることが予想されるからである。もし満員だったら次の「とかち6号」でもいいと思っていた。これでも南千歳には13:32に着くから十分。第一、「スーパーおおぞら4号」で一気に行っても時間が余り過ぎる。
10:30 「スーパーおおぞら」が到着。この駅からも10人ほどの客が乗車。そんなに混んでおらず、とりあえず空席はあった。
10:31 新得発。未乗ではあるが、さっき乗ってきたばかりの線路をひたすら戻る。この区間、地図上ではかなり迂回していて、何でこんな遠回りをするのだ、と疑問で仕方がなかった時期もあったが、当然ここも勾配を避けるためにである。しかしその勾配を感じさせないほど、「スーパーおおぞら」はサクサクと登っていく。
そして通路側なのであまり景色がじっくりと見れないまま、何時の間にか信号所を越えて本来の石勝線の区間に入る。ひたすら未開拓の森林地帯を突っ切っていくのみで、景色は極めて単調。しかし、日本離れしているという点ではなかなか面白い。
「スーパーおおぞら」の超高速では、途中の「トマム」「占冠」「楓」といった駅がどこにあるのかをチェックするのにもかなり苦労させられるほどだった。これらの駅も、何でこんなところに駅があるのかと思わせるロケーションにあり、降りてみたい衝動に駆られた。
11:20 新夕張を130km/hくらいで通過。これで繋がった。これでJR北海道で残すは、千歳線、南千歳−新千歳空港間の2.6キロのみとなった。内地の人間は、JR北海道で初めて乗るのがこの区間になる確率がきわめて高いと思われるが、私の場合はここが一番最後になってしまった。これは、如何に私が、今まで飛行機を使わずに北海道を旅行してきたかを物語る結果となって、「鉄」らしい非常に良い乗り残し方だと我ながら思う。
眠くなってきたが、車内は寒く寝るわけには行かない。必死でこらえる。
11:46 新得からの132.4キロを1時間15分で走破して(表定速度105.9km/h)、南千歳に着く。
ここで多数下車。このまま空港に行っても4時間以上の時間を持て余すことは必至だから、25分で着く札幌まで乗ってしまうことにする。キロポストで速度チェック。1キロを27秒台で走破して、きっちりと130キロを出していること確認。このあたりは道路も何もない森林地帯だから、わずかにある踏切を全て立体化して、160km/h以上で走れるように整備すべきだと思う。スピードアップこそが、JR北海道の生きる道であるから。
12:11 札幌着。目指すはすすきのラーメン横丁。札幌駅は金沢駅と同じく、駅南側に北海道新幹線の用地を空けているために地下鉄ホームまでが遠い。すすきのまで二駅だが、¥200する。大阪、京都の地下鉄と同じ。
12:30 ラーメン横丁に着く。当然観光客ばかり。地元の人間には見向きもされていないのか?
「客の多いところへ入れ」という鉄則があるにもかかわらず、又しても客0の店へと滑り込んでしまう。この店も芸能人のサインが多数あり、又してもサザンオールスターズのサイン発見!!
最後は豪快に行こうと思い、大きなタラバガニや帆立が入った「海賊ラーメン」¥1,500を注文。私が入ってきた後台湾人の団体に囲まれてしまう。今回の旅行、どうも台湾人が目だった。。
帰りは駅まで徒歩。大通りを通り、意味なくテレビ塔を撮影したりして、思っていたよりもあっけなく着いてしまう。時刻表を見るとすすきの−さっぽろ間は1.2キロしかないから地下鉄に乗るまでもなかったようだ。
駅構内のお土産屋へ、家のためのウニの土産を買う。¥3,150もするのを奮発するが、高すぎる?!
13:49 発の快速「エアポート」に。この快速は3扉ではあるが、デッキ式の転換クロスシート車両で、「青春18」で乗れる車両としてはかなり豪華。
13:57 新札幌着。ここを抜けると一気に森林地帯になってしまうが、その変貌ぶりがすごい!こういう光景が見られるのは北海道ならではといえる。
14:20 南千歳着。まだ時間があるので、この駅で降りてみる。そしてスタンプ&駅舎撮影。この駅から新千歳空港までは間近で飛行機も多く見られる。
この駅は元「千歳空港」駅のため、広々とした設備が。ソファーも多数あり。しかし今やここはただの乗り換え駅のために人が少なく、快適。この駅から東京モノレール(羽田−浜松町)の切符を売っていた。すっかり空港モードとなっていた。
14:36 発の「エアポート」は、「ライラック」のなれの果て。空席はなくデッキで立つ。発車後すぐに地下に潜り、地下線内ではLEDによる広告(東急百貨店)があるのが見えて、すぐに新千歳空港に到着。これでJR北海道完乗達成!
成田空港駅、関西空港駅とそっくりのホームからエスカレーターを上がって、「スカイマーク」のカウンターへ。ちゃんと案内表示されていて余裕かと思ったが、場所が分からず、気がついたら出発ロビーまできてしまった。後ろを振り返ると「受付、スカイマーク」とあったので行き過ぎていた。戻って受付の人に尋ねて、もう一度同じ道を。すると、「全日空」のカウンターの「団体受付」と書かれた窓口が、「スカイマーク」の窓口だったのだった!黄色いジャンパーを着ている人達がスカイマークの係員だったのだが、当然最初は気が付くはずもなかった。
受付を済ませて、土産を買って、15:40までに居て下さいと言われたところで待っていたつもりだったが、今居るところは「外」であることに気づいて慌てて「中」へ。金属探知器を通る。
15:40 飛行機までは何とバスで向かう。このあたりが、「スカイマーク」は冷遇されていることを示すものと言えるのかも。バス一台では当然入りきらないと言うのに。
そして地べたから「全日空」と書かれたタラップを昇って乗り込む。1列8人掛け(2&4&2)の座席配置でちょっと狭くは感じるが、何よりも二人掛け独占&窓側だから十分だった。
今のところバス1台分だからだが、真ん中の4人席は全く使われておらず、両側の席もほとんど一人ずつでガラガラ。2台目のバスの客が乗ってきて少し潤うが、相変わらず両側の窓側は埋まっても真ん中の席はほとんど使われないままだった。
16:05 離陸。5年ぶりの飛行機。加速度を味わう。そしてあっという間に相当浮かんでいる。
窓側はめちゃ景色がよい。そして感動してカメラを構えなどするが、飛行機に乗り慣れていないことが丸分かりの行動で、かなり恥ずかしい?しかし、「命懸けてる」の実感は十分に伝わってくる。
機内ではひたすら「DirecTV」の宣伝を流している。また、何故か住宅メーカーの広告も、客室乗務員が出てきてやっている。こういう広告収入を得て何とか運賃を安くしようとしている努力が伺えた。飲み物はりんごジュースかウーロン茶ということで、私はりんごジュースとした。しかし景色を見るのに「忙しい」。
しばらくは雲に隠れて見えなかったが、雲が晴れたところで陸地が現われる。そしてパチリ。渡島半島の東部を通り、大間崎と下北半島、仏ヶ浦辺りが見える。青森市内上空から再び雲に隠れて、次に見えたのは大館上空。この近くにある「大館能代空港」を確認したから間違いないだろう。
本州最北端、大間上空あとはずっと雲の上。北海道は晴れていたが、本州では梅雨の名残の雲が残っているとのこと。大阪付近では雲に覆われて揺れることが予想されるとも伝えられた。
次に陸地が見えたときは長野県上空。町が見えるが、何市かはよく分からなかった。伊那谷の上空を通っているようだった。
そして、着陸体勢に入ったとき左窓から見えたのは浜名湖だった。ここから右旋回をし、伊良湖岬を通って伊勢湾を横断して、賢島上空を通り、紀伊山地を横断。この辺りまでくると高度もかなり下がって雲もなく、ハッキリと下が見えてかなり楽しい。こんな楽しい眺めを、周りの客は誰も見ようとしない。なんでやねん!
志摩半島南部上空大和川、近鉄大阪線、関西本線などが見えて大阪市内上空へと差し掛かる。かなりくっきりと見渡せて非常に楽しい。梅田上空では、高層ビルの高さの4〜5倍くらいの高さまで接近。そしてどんどん高度を下げていって周りは住宅地なのにこんなに高度を下げていいの?と思ったらすぐに下が芝生に変わってそこには滑走路があった。
17:50 伊丹空港に到着。降りてみると、「えー?!うそやろ」と言うくらいに暑い!気温は向こうも30度くらいあったが、湿度が全然違っていた。
ここは9年ぶり二度目。サクサクと歩いていって、大阪モノレール乗り場へ。ちょうど行ったところで12分近く待たされる。それに、大阪モノレール、「スルッとKANSAI」が使えん!アホか、と言いたかった。
18:14 大阪空港発。モノレールは転換クロスシート車だった。クロスシート車から景色を見下ろせるのは私にとってはかなりの贅沢。
次の蛍池まで、かなりの迂回ルート。駅が左横に見えているのにあさっての方向を進み、ほぼ180度左にカーブして辿り着く。
ここから先は千里の丘陵地で、モノレールだからそのさらに上を走るので、かなりの高さから大阪市街まで見渡せ、さっきまでの景色とあまり変わらないくらいの(?)風景が見れて楽しかった。しかし、のろい!!
18:37 南茨木着。ここでも接続が悪い!
18:51 南茨木発。
19:10 水無瀬着。実家へと帰る。