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2001年正月 (仙石線乗り直し)

 

前書き

 

2000年から2001年にかけての「正月休み」は、12/30から1/8迄の何と「10連休」もあった。

その間ぼーっとしているのはあまりにももったいないので、「18」をフル活用した旅行を計画した。それは、私が完乗を達成した後、2000年3月11日に開通した仙石線の仙台−あおば通にとりあえず乗りにいこう、というものだが、その距離たったコンマ五キロ!そのために片道1000キロのもの道のりを行って帰ってくるのはいくらなんでもアホらしい。他にも目的が欲しい。

次に思いついたのは、来年末に開業予定の建設中の東北新幹線(盛岡→八戸)が、どのくらいまでできているのかを見に行く、というもの。

そして、99年末に開業した「山形新幹線」(山形−新庄)を「乗り直し」する。いずれも東北地方に固まっているので、ちょうどよい計画だ、それだ!と一時期意気上がる。そして帰省の日に「18」を購入。これで、「鉄」旅行が既成事実となったかに思えた。

しかし、「全線完乗燃え尽き症候群」は重症だった。もはや目的意識は失い、完全にモチベーションは低下してしまった。当初、1/4の大垣夜行で出発しようかと思ったが、こんな寒い時期に発車一時間前くらいから並び、直角ボックスで寝られないこと必至の車両に6時間くらい揺られて…、てな具合で行く気には到底なれず、その日は実家で過ごした。

 

1日目(1/5) 実家→宇都宮

 

9:50 家を出る。まずは阪急で大山崎へ。そして徒歩でJR山崎駅へ。改札口へ行き、「青春18きっぷ」を出して、駅員にはんこを押してもらう。

10:10 山崎発。

10:29 京都発。草津でやっと座れたが、最後までガラガラにはならず。能登川を出たとこら足りから雪が降り始め、一気に車窓が白くなって行き米原に着く頃にはかなり積もっていた。

11:18 米原着。乗り継ぐべきは、大垣行き。予想通りの2両編成。乗り継ぎ客が次々と乗り込んで来て乗車率は150%くらいに。ほとんどが「18きっパー」(以下、「きっパー」)然とした客であったが。

11:28 米原発。新型転換クロスシート車は快適。雪景色を楽しむ。

11:58 大垣着。5分接続の快速に乗る。

12:03 大垣発。岐阜までは各停。岐阜で下りる人はほとんどおらず、どっと乗り込む。名古屋で8割の客が入れ替わる。

13:24 豊橋着。3分接続で普通が待っているが一本飛ばしても結果は同じなのでここで食事とする。と言っても21分しかないので改札は出ずに、橋上駅舎内のそば屋で何故か売っていたラーメンを食すのみ。浜松行きは珍しくクロスシート。浜松からは静岡行きが一分接続で、同一ホームで接続していた。

15:29 静岡着。2分接続の熱海行きは、命運尽きてロングシート。そして混んでいる。。清水の手前で既に座れた。前方を見遣ると、早くもここから富士山が見える!相当見慣れているはずなのだが、これだけでワクワクしてしまう私って。

16:45 熱海着。東京行きは2分接続なのにホームが違うので猛ダッシュ!ここから東京まで、104.6キロに1時間50分も要す。東海道本線で最も速度の遅いのがこの区間と言って間違いない。平塚で車両を増結し、「短い11両編成」から、「普通の長さの15両編成」となる。

18:37 東京着。こないだ10月にも鈍行東京往復をやったばかりで退屈が予想されたのだが、実際やってみるとやはり「楽しかった」。なんという閑人。。

東北線の「通勤快速」に乗るために30分も前からホームで待つ。「通勤快速」は幸い古い車両だった。つまりボックスあり。しかし車内清掃とかでなかなか乗らせてくれない。寒いっちゅうねん。発車五分前でようやく乗せてくれる。車内はかなりの満員。

19:20 上野発。案の定、大宮まで誰も降りず。久喜でどっと降りる。

20:13 古河着。ここでだいぶ空いてくるが、上野から53分もかかっている。小山から各停になるが、駅間が長いのでなかなか着かない。

20:52 宇都宮着。外に出ると寒い!早く宿を見つけねば、と思う。駅前通りから左に入った通りへにあるビジネスホテルに今日の宿を決める。

さて、夕食。もはやコンビニ弁当とするしかない。近くにあったコンビニで弁当購入して食べるのみ。

23:50 就寝

 

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2日目 (1/6) 宇都宮→山形

6:00 目覚ましよりも30分近く早く起床。

6:50 宇都宮駅に着く。黒磯行きは新型E231系。大半はロングシートで、後ろ2両にちょろっとボックス車両があるが、4扉のため扉間に一つずつあるだけというお粗末車両。これも「最悪電車」と言えるかもしれない。

6:59 宇都宮発。各駅で扉が全開して寒い。

7:47 黒磯着。接続列車は5分接続なのにホームが違うからダッシュ。3両編成の2扉デッキ式の最高車両が待っていた。

7:52 黒磯発。同じボックスに座ってきた二人組の旅行者が話し掛けてくる。彼らは宇都宮から来た人で、これから大船渡線を乗りに行き、三陸鉄道で北へ抜けるとのこと。

車内は暖かく、快適そのものであった。何で全部これにしないのか。乗客は郡山に近づくにつれて増えて行った。

8:55 郡山着。ここで車内が一旦空くが、「きっパー」と思われる客の多くは残っている。更に意味もなく24分も停車する。

9:19 郡山発。やはり福島に近づくにつれて乗客は増えて行った。

10:01 福島着。この列車はこの先、阿武隈急行に乗りいれて、途中の梁川というところまで行く。私は阿武隈急行に乗る予定だが、梁川などというどうしようもない駅で降りるよりはと、ここで二人組と一緒に下車。二人組とはここでお別れ。

福島は駅前を歩くのは初めてなので軽くぶらりとする。腹減ったので、駅構内にある立食い屋でそばを注文するも、いまいちだった。

阿武隈急行乗り場へ行く。阿武隈急行乗り場はJR駅の片隅にひっそりとあった。さっき乗っていたのは直通列車だったから当然JRのホームに停車したが、普段はここから乗れ、ということらしい。

福島から、東北本線の岩沼の一つ手前の槻木までの運賃は¥940。素直に東北本線で行けば当然ただだから、払わずもがなであるが、とりあえず「鉄道全線」に向けての一歩を記すため。

10:44 福島発。始めの間しばらくは、東北線上を走るが、やがて東北線と分岐して単線になる。各駅にはキャッチフレーズが付けられているが、どれもこれもかなりのこじ付けである。

乗客の入れ替えも少なく、車窓もこれといってどうということはなかった。

11:12 この線の中心駅、梁川に着く。この先から少しだけ険しい谷沿いを走るようになって、県境を越えたようだ。宮城−福島間には峠がなく、ひたすら阿武隈川河口に向かって下っていて、阿武隈川の河口は仙台の近くにある、ということは、この時点では知らなかった。

県境を越えて、国鉄「丸森線」の終点だった丸森、宮城県角田市の中心駅の角田あたりで高校生が乗ってきた。仙台へ向かうのであろう。

11:56 槻木着。阿武隈急行の終点なので、ここで強制的に下ろされるのだが、当然ほとんどの客はこんな閑散とした駅で下車するのではなく、東北線の仙台方面行きを待つ。待たされることもそうだが、今のような寒い時期では、暖かい車内から寒空に放り出されるために、負担が大きいことは間違いない。

12:06 槻木発。

12:36 仙台着。27時間かけてようやく「未乗区間」の起点に到着する。新装なった仙石線のホームを目指すのだが、どこへ行ったらいいかわからずウロウロ。地下道へ行ったり、橋上駅舎まで上がってみたりしてようやく場所を見つける。

山形新幹線は今日も調子が悪いみたい。山形へ行きたい客が、ここから仙山線経由で山形を目指すためにぞろぞろとホームへ向かう。このラッシュに巻き込まれたくない!となるとかなり早めに並んでおく必要があるかも。

仙石線のホームは相変わらず遠い。2Fの高さから一気に地下まで潜る長大エスカレーターがあるなど、する。

12:44 仙台発。乗るべきなのはあおば通行きであるが、地下化された部分はどのあたりまでなのかを確認したくて、東塩釜行きの普通電車に乗った。ホームはきれいになっても車両は相変わらずのボロ国鉄電車、103系のままだった。

榴ヶ岡、宮城野原は島式、陸前原ノ町は相対式ホームであった。当たり前だが、地下になったから特にどうということはない。本来なら元々の地上部を歩いた方が面白いかもしれないがそんな時間を取る訳にも行かない。ただ、地下線にしては客数が少ないなあ、とは感じる。

12:51 陸前原ノ町から急勾配で一気に高架になったところが、苦竹駅であった。ここで下車する。苦竹駅は仙台近郊にありながら無人駅。コンクリートの柱の下に改札があって非常に殺風景なところ。そして寒い。「駅前」と言うのがなく、高架下を横切るようにして幹線道路があって、その道路のおかげで店などがあって人通りがあるだけのところだった。ここも完全に「クルマ社会」なのだろう。その証拠に、乗降客の大半は、免許を持っていない高校生であったから。。

折り返しの上りは10分後だが、寒さのためこの10分が猛烈に長く感じられる。

13:01 電車が到着。

13:10 仙台着。ここでようやく「未乗区間」に進入する。トイッテモわずかに「コンマ五キロ」だから、あっという間に終点のあおば通に着く。

乗客が去った後おもむろに終点方向に向かって写真撮影するなどしてから、私もおもむろに改札口へ。0.5キロだから列車に乗るまでもないので歩いて仙台駅へ。しかし思っていたよりも遠かった。

 

13:20 仙台駅に戻る。ここでもホーム上立食いでそばを食う。

13:30 入線10分前には来るだろうと思って早くも並んでみるが一向に来る気配なし、寒い。

13:40 と、その時!衝撃的な事実を知らされる。それは、折り返し列車が遅れているために発車が12分ほど遅れる、とのことであった。発車が遅れることはともかくとして、この寒空の中待たされる時間が更に12分延びることに憤りを感じずにはいられなかった。

13:55 待つこと25分、ようやくにして山形からの上り列車が到着。旧式のデッキ式を期待していたが新しい集団お見合い式が来てしまった。立ち客が出るほどの満員状態。

14:00 12分遅れで発車。仙山線は三度目なので流石に飽きてきた。今までのとは違って、窓がいちいち曇ってうっとい。なんでや?

15:08 羽前千歳着。ここで奥羽線と合流する。定刻通りならば山形まで行っても接続時間は17分ほどあるが、このまま乗ってしまうと山形へ行くまでに乗るべき電車とすれ違ってしまう可能性があるということで、ここで下車。

この駅はただ単に2本の線路が合流したところにあるだけの駅だから、閑散としたところ。橋上駅舎へ上がってみると標準軌の線路と、狭軌の線路の違いがはっきり分かる。

山形方面から「つばさ」が通過してったが、この列車は15分前に通過してなければならないことが判明。ということは、奥羽線も遅れてる!

15:33 12分遅れでやってきたのは、普通電車の村山行き。車内は、山形で遊んだ帰りの高校生で込んでいたが、徐々に減っていく。

16:00ごろ 終着の村山着。「楯岡」駅のときに一度降りたことがあるがすっかり駅舎は建て直されていた。橋上駅舎となっていた。新しいがすっきりしすぎている。外は雪が降ってきてうっといが、駅舎撮影のため。しかし寒く雪降っていて、それ以上外に出る気はしなかった。

16:40 やはり定刻より20分遅れで電車が来る。来たのは701系。JR−Eは、標準軌用の「極悪電車」もしっかり増備していたよう。造ったのは、H11年であった。呆れて物も言えない。。

17:10 新庄着。駅の様子はドラスティックに変わっていた。当列車は標準軌用の線に入って、当然その先は行き止まりとなっていた。その先に狭軌用ホームがあって、接続列車が待っていた。駅舎は橋上化されておらず西側のままである。そして狭軌用ホームと標準軌用ホームの間に通路があるために、全てのホームへは階段なしで行き来できる。又、ここから南に向う陸羽東線用に、駅舎から一番遠い側には新庄以南と以北とを直通できる線もあった。

駅舎はかなり大規模なものになっていた。2階建てだがほとんどは吹き抜け気になっているために天井が高い。壁や床は全て木製で和風の雰囲気を醸し出している。又、ベンチやらテーブルが多数ある広場のようなところがあった。店もいろいろ入っている。2Fは映画館もあった。しかしそんな豪華設備の割に人が少なく、快適。もし税金で作ったらかなり無駄なものと言われても当然という豪華さ。

さっきの広いスペースは猛烈に暖かかったのでそこで滞在。さらに同様に暖かい、観光案内所にも寄る。パソコン端末が置いてあってインターネットが接続されているなど、IT化も進んでいる??

18:00 ようやくにして下り列車が到着。やはり「目を覆うような惨状列車」が来るのみであったが、覚悟の上だから仕方ない。

18:05 新庄発。ロングシートでは、旅の楽しみが90%くらいは減殺されてしまっている。それと共に真っ暗なのですることはない。しかし今回は今までの旅行とは違って、強力な味方がある。それは、「ポータブルCDプレイヤー」。これで音楽を聴きながら鉄道に乗ることができる。するとだいぶ気分が変わってくるものだ。

19:07 20分遅れで山形着。猛烈に寒いのでとっとと宿を探さねば、と思うが地面は雪だらけで歩きづらく移動も困難。一軒目は予算オーバーで、2軒目のホテルを今日の宿とする。

さて、夕食。2日連続コンビニ弁当はごめん、ということで夜の山形の町に出る。トイッテモ一人では行く店の選択肢が非常に狭まるのはいつものこと。飲み屋などが多く、又寿司屋、料亭などは高そうでパスすると、必然的にFFかラーメン屋しかない。繁華街をうろついて、やっぱり「どさん子ラーメン」とするしかなかった。。

24:30 就寝。

 

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3日目(1/7) 山形→富山

6:20 起床。外に出てみると、パナソニック温度計は−3℃を示していた。もっと寒く感じたのだが。

6:50 山形駅着。奥羽線の標準軌/狭軌のジャンクション駅から、どう変貌を遂げたかをじっくり見よう、と思っていた。また、山形−羽前千歳間は仙山線の狭軌電車と奥羽線の標準軌電車がともに走る区間なのでどういうことになっているのかを見届けたかったのだが、寒くてめんどが臭くなり、後者は真っ暗でどうすることもできず、とっとと電車に乗り込む。幸いにして「最悪電車」ではなかった。

6:58 山形発。流石に空いていて快適。しかしやっぱり窓がよく曇る。頻繁に拭くが、今度は水滴が冷気のために凍ってしまう。

7:37 赤湯着。ここから乗り換えるは、「山形鉄道、フラワー長井線」。赤湯から荒砥まで、片道¥750、往復¥1,500の投資となる。3分接続の同列車は単行で、完全に休日にもかかわらず高校生で満員だった。

7:40 赤湯発。次の駅の南陽市役所前に着くが、市役所前があって終わり、という場所のために誰も降りない。寂しい駅であった。

8:02 今泉着。ここはこれから乗る米坂線との合流駅である。

8:10 長井の一つ手前の南長井で、高校生がどーっと下車。すると車内に取り残されたのは私を含めて数人の老人のみとなってしまう。

8:16 この線の中心駅の長井で多少の乗客の動きあり。

「フラワー長井線」は、雪の山形盆地をのんびりと走る。客数も少なくなり快適乗車である。こういう景色を見ていると、何で今回北海道に行こうとしなかったのか?の、後悔の念が湧き上がってきた。

8:33 終点の荒砥着。この山形鉄道は、終点でやたらと折り返し時間を取る列車がメチャ多いので予定を立てるのに苦労する路線なのだが、ここに来てその理由がハッキリする。それは車庫があるからだった。

無人駅の駅舎を出て、外に出てみる。路面までしっかり真っ白。駅前にもとりたてて何がある訳でもないので駅舎撮影してとっととホームへ、そして駅名標撮影などして「証拠」を残すのみ。

8:51 単行のロングシート車が発車。何もこんなところまでJR−Eを「お手本」にせんでも……。

とりあへず前方の席に陣取り、「かぶりつく」。真っ白な地面に2条のレールがひたすら続いていく様を楽しむ。

9:40 赤湯に到着。ここも山形新幹線の開業に伴って駅舎が猛烈に建て直されたところである。駅舎撮影。

9:56 軽く3分遅れて、701系の米沢行きが到着。2両の超短編成のためにもちろん座るところなどありゃしない。

右側に立って車窓を観察。ここから先はずっと単線だった。こんな貧弱な線路容量で、ようやってるな、とは思う。

10:11 米沢着。米坂線に乗り換え。米坂線は「べにばな」という名の付いた快速で、新潟まで直通する。「べにばな」は3両編成だった。とりあえずボックスをゲットしとく。

 

外に出て駅舎撮影の後、米沢牛を使用した駅弁を購入する。

発車直前になると車内は混んできた。乗り通し客が大半と思える。このように、都市に直通する列車を設定すればそれなりに利用者は増えるのだ。

10:24 米沢発。

10:46 今泉着。ここで更なる乗車があって、乗車率は100%程度となってしまい落ち着かない。米坂線は過去に一回しか乗ったことがなく、しかもあの時は「ムーンライト」明けで半寝状態で過ごした。今回はしかと車窓を眺めたいと思う。

11:01 羽前椿着。ここで、衝撃的事実を事も無げに伝えてきた。それは、ここで行き違う反対列車が今小国駅にいるために26分程度遅れる、とのアナウンスだった!

こうなると鉄ちゃんは炙り出されるかのように外に出るのが宿命。私も外に出て駅舎撮影などをバシバシやる。意味もなく。。

そしてその後車内で駅弁を食す。この旅最大の豪華な食事であった。。

11:21 結局20分遅れで発車。

11:38 羽前沼沢着。この辺りでは積雪が1.5mくらいに達していて、こんなカンジで埋まっているが、只見線を知ってる者としてはどうしても見劣り感があった。とは言え、充分に楽しく車窓風景を飽きることなく眺めていた。

11:56 この線の中心駅の小国に到着。有人駅となっていて乗り込む客も結構いたが、降りる客は皆無といってよかった。

12:31 18分遅れで坂町着。羽越本線に入って客がさらに増え、ついに100%を突破する。新潟県に抜けて海沿いに来ると雪はかなり減る。

13:22 新潟着。ここで、柏崎から二つ目の、海にせり出してあるような駅の「青海川」で降りるため、長岡まで新幹線に乗る。その運賃・料金は合計で¥2,900!わずか25分足らずの乗車で青春18一枚分をはるかに上回ってしまう。

乗るべき新幹線は「Max」だが、やはり既に満員。3&3の狭い座席にびっしりと客が乗っている。私は23分の乗車だから仕方ないが、おそらく大半は大宮・東京まで乗り通すと思われるのに既にかなりの立ち客が出ている。

13:38 接続列車待ちのために3分遅れで発車。「Max」は、新潟平野を快走。規格が余りによく、対象物が近くにないので全然スピード感がない。

14:01 長岡着。自由席の乗車口にはそれぞれ50人くらいの客が待っていた。本当に全員が車内に納まることができるのかが怪しいほど。2分くらいずっと止ったままだが、まだ半分以上の人間がホーム上に取り残されたままだった。

14:24 長岡発。はじめのうちは少なかった雪も、内陸に入った越後岩塚辺りでは再びかなり深くなった。

15:04 柏崎着。いよいよ「青海川」まであと2駅となって、緊張感(?)が、高まる。入念に降りる準備をする。

15:11 「青海川」着。ドラマ「高校教師」のクライマックスシーンにも登場したこの駅に、私は初めて降り立った。猛烈に寒いが、降りてしまうとそんなことも忘れて大はしゃぎ。まずは駅舎へ。そこには、きっちりと「たびのーと」あり!早速食い入るように読む。しかしほとんどの人間がここにクルマ・バイクで訪れている、ということ。その上で、「景色がいいですねー」とか「人気がなくていいですねー」とかいう感想を漏らしやがるのを見て腹立ってしゃあない。駅は何のためのものや!?と、強く主張したかった。

それはともかく、サイコーのロケーションであることは間違いない。海にせり出してる方の下りホームに行って撮影などする。

 

 

そしてしっかりノートにカキコ。

15:30 およそ20分くらい滞在して充分に堪能した。次の下り電車が来るまで1時間近くあるのでので、ここから2.2キロ先の笠島駅を目指すことを軽く決断。

とりあえず崖上の国道へ上がる道を行く。土道で勾配がきつく危険。上り詰めると青海川駅がNゲージに変わる。そしてR8へ出る。出たところには商店があるが、その他は全く人の住んでいる気配のない道がひたすら続く。歩道にはところどころ雪が積もっていたりして歩きにくい。

国道なので交通量はそれなりにあるが、もちろんこんな鉛色の寒空の下、歩いているのは私一人で完全に浮いてしまっていることは間違いない。しかし、気分は良い。これで、北浜−浜小清水(釧網本線)、布原−備中神代(芸備線)、長万部−旭浜(室蘭本線)、阿波池田−坪尻(土讃線)などに続く「駅間徒歩」である。

崖の上からの眺めは非常に良かった。こんな感じで信越本線はその下をトンネルで抜けていく。

笠島駅が近づいてきたはずのところで、国道を離れてローカルな道を行くと!旧線跡を発見。当時は単線だったことを物語る路盤の幅と、トンネルの断面をはっきりと見て取れる。

笠島駅発見。ほとんど青海川駅と同じようなロケーションだが、こちらの方が集落が多くある。

16:23 列車が到着。寒かった。やっと寒さから解放される。

16:55 直江津着。すっかり日は暮れてしまったが、まだ多少明るい。ここも今回の「ポイント」の一つだった。かねてから工事中であることは知っていたので、どのような変貌を遂げているのかが楽しみだったのだ。早速新装なった橋上駅舎に上がってみる。しかし思ったことは、えらくすっきりしてしまい、暖かみを感じられないな、ということ。きれいになって、線路によって南北が分断されていたのを解消することには成功したのだろうが。

猛烈腹減ったのでここでもホーム上立ち食いそばでそばを食う。これがうまいの何のって。。

乗り継ぐべき富山行き普通列車は「列車」と言うのにふさわしい、2扉デッキ式の3両編成。暖かくて幸せ。

17:18 隣のホームに「雷鳥46号」が到着する。行き先は当然「大阪」である。しかし、今年3月の「ダイヤ改悪」のおかげで、「白鳥」は廃止となり、「雷鳥」の新潟運用は完全に消滅してしまう。もはや、「大阪から新潟まで6時間もかかるとは何事か」と、大半の人間が飛行機で移動するから不要と言えるのかもしれないが、じゃあ、直江津から利用する人はどうなるのか?また、乗り換えの手間もさることながら、特急料金計算が打ち切られるため、もしも同じ経路で大阪から新潟まで目指すとすればさらに¥3000のコストアップを強いられてしまう。「雷鳥」の新潟運用、あるいは「白鳥」は特急料金が通しで計算されるというのが大きなメリットの一つであったのが、もし無くなってしまうとすれば、たとえば大阪から青森まで特急で行こうとすれば、大阪→金沢間、金沢→新潟間、新潟→青森間と3回に分けて特急料金を払わねばならず、¥6000のコストアップとなり、もはやコストメリットも完全に消滅する。こうして皆、鉄道旅行から離れていくのだろう……。もはや「鉄道旅行」などという旅行形態は「時代遅れ」、ということなのか????

また個人的には、停車駅が少なくて、長時間乗っていられる「白鳥」が大好きで、12時間乗っていることなど苦痛でも何ともなかった、という事実もあるだけに、非常に悲しく思えられるのであった。

17:24 直江津発。もう真っ暗なので景色を楽しむことはできないが、相変わらずCDは聴けるので、のりのりで乗車を楽しんでいた。。

19:27 富山着。ここまで来ると、帰ってしまいたい心境に駆られるところ。まだ大阪まで327.1キロもあるのだが、「大阪」行きの特急が頻発しているところであるので、特急に一気に乗ってしまえば帰れないことはない。その料金はおそらくここで一泊する費用と同じくらいであるし。

しかし初めてまともに降りて富山の町を散策してみようという気がしたり、久しぶりに北陸本線を明るいうちに乗ってみたいという気があったのでここで泊まることとした。

まずは宿探し。富山駅前は8時前と言うのに非常に閑散としていた。駅のほぼ南にあるホテルを今日の宿とする。

さて夕食であるが、富山の飲食街の地図をもらって検討するが、富山の町の中心は駅からかなり南に行ったところにあるようだが、外は雨。この辺で済まそうと思う。

しかし、既にほとんどの店が閉まっていた。というより、通りだけがでかくて飲食街がほとんどない。結局またラーメン屋とするしかなかった。。

21:00 ホテルに戻る。明日はとっとと帰るのみである。

 

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4日目(1/8) 富山→明石

 

7:20 今までよりはかなり遅く起床。

8:06 富山発。昨日の続き、という感じでワクワク感が高まった。

8:59 津幡を出たところで、建設中の北陸新幹線の高架橋が見えた。その先から

金沢まではほとんど並行して工事中。確か、富山まではフル規格が決定したはずだが、この辺りは何のための工事なのだ。いくらここが完成しても手前ができていなければ何の意味もないと思うのだが。

9:13 金沢着。久しぶりにホームに降り立つ。そして5分接続の小松行きに乗る。

小松行きは七尾線からの直通列車で、その仕様になっていた。

9:18 金沢発。この列車の扉は半自動式になっているが、これに変わってからまだ間もないようで、乗客のほとんどは扉の開閉方法を知らない。そのために各駅に停車する度に車掌が放送し、説明に走り回っていた。

9:51 小松着。本来は金沢で時間を作ってもよかったのにここで降りたのは、高架工事の進捗状況チェックのため。2年前の冬、「白鳥」の車内でチェックして以来であったが、結果はまだまだという感じ。ほとんど変化していなかった。

10:01 小松発。福井行きはデッキ式ではなかった。加賀温泉でどっと乗り込む。関西人「きっパー」が乗って来たようだ。

10:56 福井着。ここでも20分近い時間がある。そしてここでも、駅舎チェック。去年7月の北海道旅行の際、ホーム位置が変わっていたことに驚いて以来である。高架工事の進捗は、ここもようやくホームを移設しただけで何もできていなかった。

11:15 福井発。長浜行きに乗る。ここに来て初めて、寝台車改造列車に乗ることができる。空きボックスはなかったが、この車両のボックスはかなり広いため、相席でも全然窮屈じゃない。

今までのところでも雪はあったがほんの少しだけだったのが、相変らず、南今庄辺りはかなりの積雪があった。

12:05 敦賀着。ここで11分も停車する。トンネルを抜けて滋賀県に入った辺りもしっかり雪は積もっていたが、南に行くにつれて急速に雪は消えてった。

12:59 長浜着。新快速に乗り換え。3両→8両になるから余裕かと思いきや、結構混んでいる。しかし前の方に行けばガラガラ。これが直で西明石まで行ってくれるので、これが最後の列車となる。相当に便利なところに住んでいる!喜びを感じる。

13:09 長浜発。130km/h運転を楽しむ。

15:23 そしてあっという間に西明石着。10連休の最終日、明日から気持ちを切り替えるためにこのくらいの時間に帰ってこれるように設定して、ちょうどよかったと思う。

 

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