2001年9月(中央アルプス、木曽駒ヶ岳)
2001.9.14(金)〜16(日)
前書き
8月の、富士山・南アルプスの勢いを受けて、Oと9月にも山へ行こうということになった。当初、日帰りで行ける軽めの案ということで、ロープウエイのある木曽駒と決定したが、これでは標高差が300mしかなくてあまり面白くない、ということになり、標高差のある木曽側から登ることにした。さらにせっかくだからテント泊をしてみよう、ということになった。結局登山口で一泊、山頂で一泊のかなり「重い」計画となってしまった。
9/14(金) 17:50 定時退社後すぐに出発。鈍行列車を乗り継ぐ。 20:53
中央本線の上松駅に到着。Oと落ち合う。早速「敬神キャンプ場まで」と告げてタクシーに乗り込む。暗い中どんどん山道へ入る。 21:20 降ろされたは、通行止のゲートの前。ここから更に10分ほど先に行ったところにあるとのこと。タクシーが去って真っ暗の中、キャンプ場を目指すが、15分ほど行っても全く何も見えない。嫌な予感。
そしてたどり着いた先は・・・。完全に閉まった山小屋だった。山小屋がキャンプ場を管理しているはずなのに、何で?それにこんな真っ暗ではではキャンプ場発見はほぼ不可能。どうなってるのか??
ここで、「敬神キャンプ場」と、「敬神の滝キャンプ場」とを取り違えたことが発覚!!私の地図には「敬神の滝…」しか載っていなかったが、Oの地図には両方とも載っていてそれが分かった。「敬神キャンプ場」は、ここから30分ほどバックせねばならない。何ということ・・・。インターネットで十分調べたつもりだったが、「リサーチ不足」であった・・・。
辛うじて繋がるOの携帯で、キャンプ場を予約していた山荘にtelすると、閉店中の山荘前にテントを張っていいよ、とのこと。助かった。。22:30 ようやく設営し、テントに入る。早く寝るべきなのに話が長くなって、寝るのは12時を回ってからだった。しかし私は眠れなかった。。 9/15(土)
5:00 私は早くも目覚める。私ががさごそするのを察知してOも目覚める。外、予想していたよりもかなり寒い。こんなところで早くも・・。 6:15 撤収完了し、出発。ちょうど登山口に当るところからのスタートとなるが、いきなり道を間違える。
重い荷物を背負っての登山は初。しかも今日の標高差は1,700mもある長丁場。ここまでの道のりとは違い、上りはやはりきつい。
7:00 三合半に到着。ここで初めての休憩。林の隙間から御岳が、雲上に姿を現す。前方の山道に、猿が3匹ほどいて不安になるが、やがて去ってくれて、出発する。
9:00 五合目の金懸小屋に到着。避難小屋なので無人。中に入ってみると割と豪華。ここまでのところ全く人を見なかったこともあって、人がいなければかなり快適であることが想像された。ここまでほとんど林で景色は見れなかったが、ここは見晴らしが良かった。
ゆっくり休んでから出発。ここからは、「えー」というような急な上りが続き、かなりきつい。休憩の間隔もいつもよりも長くならざるを得なかった。このコースには、n合目とn合半の札が立てられていたが、その札が現われる度に休憩した。12:05 ようやく八合目に到着。6時間近くもかかっている。ここで昼食。昼食はいつもの「熱量友達」。余りにワンパターンだが、これに勝るものがなかなかない。。
20分ほど休憩して出発。この先でようやく森林限界を超えて、目指すべき頂上が見えてきた。なかなかいい眺め。さらに下も素晴らしい。上昇気流により北側に雲が発生しているが、それが南からの強い風で吹き飛ばされている様子が良く分かる。
木曽前岳を過ぎると玉ノ窪まで一旦下る。その標高差は70m。もうちょっと、というところだったのでショックはでかい。
木曽前岳より玉ノ窪小屋、駒ヶ岳山頂13:50 玉ノ窪小屋に着く。小屋にはひとけなく、営業してるの?というカンジ。ここで他のコースと合流して、登山客ともすれ違うようになる。結局上松Aコースにいる間誰一人ともすれ違うことはなかった。
木曽駒山頂に向けての最後の登りはきつかった。今まで何とか天気は持ってくれていたが、ここに来て霧に包まれてしまい、なおかつ強風に晒されて一挙に寒くなる。ゴアテックスを着込んでも寒い!やばい。14:35 ようやく、標高2,956mの山頂に立つ。コースタイム6時間10分のところを、8時間20分もかかってしまった。標高差1700mを上りきりそれなりに満足感はあったものの、風が非常に強くて寒く、何も見えず全くどうしようもない状態だった。
目指すべき頂上山荘は・・・、とにかく霧で何も見えない。かなり体力が消耗しているので一刻も早く着きたいのだが・・・。すれ違う人に尋ねてもうすぐと分かり、ほっとする。15:10 頂上山荘に到着。山荘に入ってテント場の受付けを済ませる。山小屋ならばこれで今日の仕事は終わり、というところだが、テントの場合はまだそうは行かない。
強風で凍えるような寒さの中、設営をする。慣れないためにてこずる。
設営が完了しテントの中に入ってしまうと、かなり暖かくほっと一息。まだ、食事準備などで外に出なければならないが、全く出る気が無いほどの天候であった。17:30 外で飯を食うには余りにも寒く天気が悪いので、小屋の中に入らせてもらい、炊事スペースで食事準備。私はレトルトカレー、Oは牛丼とする。地上で食うと非常に味気ないメニューとなろうが、ここでは死ぬほど旨かった。。
18:30 テントに戻る。薄暗くなってきた。横になるともう眠っていた・・・。
9/16(日) 5:00 起床。昨日の疲れ&睡眠不足もあって、途中で13回くらい(?)目を覚ましたがよく眠れた。雨&露でテントの中はビショビショ。かったばかりの「アルパインハガー」も濡れている。。
外を軽く覗いてみるが、昨日と変化なし。。「いつも」と違うではないか!6:00 朝食のために小屋内に。今日も熱量友達。。しかしいつもと違うのは、「違いの分かる」某登山家が宣伝している「GB」付き、というところ。。これもOのクッカー&ガスバーナーのおかげである。しかし点火装置が上手く機能しない。しかもマッチを持って来ていなかったため小屋のマッチを使わせてもらわねばならず、「リサーチ不足」を露呈する(??)
7:00 出発。昨日に比べると風が弱く、早朝でもそれほど寒くはなかった。まずは中岳への登り。予想以上にきつい!しかし今日の行程ではここへのわずか50mばかりの上りが一番きついのだった。
中岳を越えるとすぐに宝剣山荘が見えてくる。ここから宝剣岳アタックを開始。ここはしんどくはなかったが宝「剣」というだけあって非常に険しいところだった。足を踏み外すと一巻の終り地帯が続く。雨で岩が濡れていたので慎重に行く。7:45 宝剣岳のピークに到着。岩場で非常に狭く、まともに立つことはできない。上空は少し明るく日が射すときもあったが、我々のいる高さより下は依然として雲の中で何時間いても天候の変わる気配はない。残念。。
ここからさらに先へ行く道はさらに危険を極めるとのことで、我々は来た道を引き返す。8:10
宝剣山荘に戻る。少し休憩して千畳敷を目指す。平らなところを過ぎると急なジグザグの道となる。登ってくる客多数。登り優先ということで時々立ち止まるがきりがないほど。本格的な登山の格好をしていないものも多く混じり、千畳敷きからだとかなり楽に来れることを物語っていた。
と、その時!一瞬だけ霧が晴れる。かなりすごいところまで下って行くことがここでようやく分かる。千畳敷駅が手にとるように見えるが、遠かった。。9:30
ちょっと寄り道をして、千畳敷駅に着く。ここはもはや登山口ではなくて観光地と化していた。大きな建屋内にお土産屋、飲食店などがあって賑わっている。上松Aコースからはるばる標高差1700mを登ってきた我々は、何でこんな苦労をしたのだろうかと思えるほどの光景。もっとも、その苦労がなければ全然楽しくなかったことが間違いないのだが。
10:00 標高2612mの日本で最も標高の高い駅から、ロープウエイに乗車。降りた途端、霧が晴れて宝剣岳山頂がちらっと見える。悔しい。ロープウエイからすぐに接続するバスに乗って、菅ノ台のバス停で下車。 10:50 バス停前にある、こまくさの湯に入って疲れを癒す。この瞬間が幸せを感じるときである。その後、駒ヶ根ファーム牧場に行き、今までの鬱憤を晴らすかのように豪華なランチ、地ビールを楽しむ。両者とも所持金が少なかったため、緻密な計算をしながら。。 13:09 駒ヶ根駅行きのバスに乗る。 13:24
駒ヶ根駅に到着。ここで解散となる。 14:19
天竜峡行きの電車に乗る。飯田までは30キロ余りだが、1時間以上かかり余りにも遅い。飯田からは中津川までバスに乗って「ワープ」。 19:00
帰宅。今回は2日目が楽で早く帰ってこれて良かった。早速荷物の後片付けなどをする。
後書き
テントを用いた初めての山行。ということもあって当初は千畳敷から軽く登れるところを選んだつもりが、やはり物足りなさを感じ木曽側からまともに登る案に変更して、かなりの重登山となった。重い荷物を背負っての標高差にしてはかなりのものでどうなるかと思ったが何とか登り切ることができ、充実感がたっぷり味わえて良かった。今後に向けての自信にもなった。これで来年の北アに向けて大きな足がかりとなることだろう。
しかし初めてのテント泊&自炊ということもあって不慣れであたふたした点もあって今後の課題となった。これについては経験を積んで上手くこなせるようになりたい、と思うのであった。