2002年4月(「田子倉」で、下車!)
2002.4.5(金)〜4.7(日)
前書き
只見線田子倉駅。私がかねてから訪れたいと思っていた駅の一つである。過去に2度、冬季にこの駅を車窓から眺めるだけにとどまっていた。ぜひ冬に!とおもっていたのだが、あろうことか、昨シーズンより「冬季閉鎖」としてしまったのだった。
その冬季閉鎖が解除されるのが4月で、なおかつ18きっぷ期間となると、もはや1週しかなかった。そこを狙って行くことにした。一度降りると3時間後まで次の列車が来ないので、隣の只見まで歩いていくつもりだが、直前に入手した情報によると、道路の方はまだまだ冬期閉鎖期間中であるようだった。果たして歩いていけるのか?そこが注目ポイントであった。
4/5(金) 5:50 出発。多治見から中央線に入る。 7:33 中津川着。今回は「18」だけではたどり着けないのでここから特急で一気に長野まで行く。「しなの1号」荷物室に収まることなく、無事座れた。昨年登った駒ケ岳や、今年行く予定の北アなどがきれいに見えた。いままでそれほど山に注目することはなかったのが今回やたらと目に入った。天気が良かったこともあるが、やはり山に目覚めたことによるところが大きい。 9:59 長野着。飯山線に乗り換える。新型車両であるが、ノロノロと走ってくれる。長野県の北の果てにきて、残雪が見られるようになる。 12:43 越後川口着。5分と絶妙な接続で上越線に乗り換え、3つ目の小出で下車。会津若松行きは2両の「超豪華編成」。なぜ単行にしないか、というと、単行仕様に車両を改造する費用がもったいないから、としか思えない。個人的にはありがたいからこのままでよい。 13:08 小出発。雪はどんどん深くなっていく。もちろん道路にはまったく雪はないが、それは除雪されてるから。冬季閉鎖区間は除雪されていないだろう。となると、除雪されていない田んぼが基準となる。田んぼにも雪がないところがほとんどだが、たまに1m近く積もってたりする。「現地」はいったいどうなっているのだろうか。
もう春だというのにこのあたりではまだ一面の銀世界14:16
六十里の長いトンネルを抜け、ついに「田子倉」に到着!私以外にも一人バックパッカーが下車する。
列車が去った後、階段を上がって地上へ出る。外の路面には雪はなかった。田子倉駅、サイコー!!!天気もばっちりで気持ちよい。それでいて雪景色もまだ十分拝め、なおかつ歩いても行けそう。
14:30
もう十分に「堪能」したので、いよいよ隣の只見駅まで歩きで目指す。鉄道の距離は6.6キロしかないが、道路の方は迂回しているためその倍ほどある。与えられた時間は3時間。割と微妙な時間である。何事もなければ問題なくいけるが、途中で通行困難な場所があるとかなりひでぶなことになる。とりあえず、問題なさそう、ということで出発となる。
ダム湖と雪山と青空のコントラストが何ともよい。天気も良くて人気まったくないから、楽しくて仕方がない。道中はかなりの割合がスノーシェルターの下となる。シェルターの下に行くと天井から雪解け水が滴り落ちる。そこを避けて通らねばならない。すごい勢いで雪が解けていく。滝のように水が落ちているところも少なくなかった。
田子倉ダムのダム湖。貯水率少ないけど大丈夫?
国道252号。閉鎖中だが除雪はされていた
道路が線路と直交している地点より。道路の方が迂回している。
滝のように雪解け水が落ちる様子15:20
田子倉ダムに到着。レストハウス等の施設があったが、今は閉店中。他府県ナンバーの釣りのクルマが数台止まっている。レストハウス方面は完全立ち入り禁止。もちろん、その先のダムも。。しかしここまで来て・・・、と思ったので、強引に突破して、ダムの上、下を覗き込む。やっぱり、こういう巨大構造物にはハァハァせざるを得ない私。。人はまったくいないものの人跡があるので、人おらずサイコー、と必ずしも言いがたい環境である。
ここから先は当然高さが違うために、その高低差を一気に下る道となるが、それが猛烈な九十九折。これから進むべき道が手にとるように見えてしまう。歩きの場合、下りだからと言ってそれほどスピードが上がるわけではないのがやなところである。
30分ほどかけてようやくダムの下面と同じレベルに到達。目の前には田子倉ダムがでかでかと聳え立つ。この先にあった集落をすべて呑み込んでしまったんだと思うと、すごいものを造ってしまっているなと感じる。
そして、そのダムに背を向け、只見駅を目指す。まだ5キロある。日が谷底まで届かないまで傾いてしまい、寒くなってきた。「北面完全武装」でちょうどよいくらいとなる。
次にまたダムが見えてきた。今度は只見ダム。水門がいつまでも見えていていつまでも近づかない。既に10キロ以上歩いているので足も痛くなってきた。
田子倉ダムから下流を見る。落差が分かるだろうか?
ダムから続く九十九折りの道。
田子倉ダムの下面に到着。
田子倉ダムの先にある只見湖。16:35 ようやくダムの側面に到着。水門に向かって道が続いている。遠い・・・。別に行かんでいいのに、行ってみることに。水門のそばまで来て、銘板チェック。しかし、IHIだった・・・・。そのまままっすぐ進み、対岸に出る。そして川沿いの道を行くことにする。まったく人の通らない河原。昨年の天塩川を彷彿とさせる。もうすぐゴールだ。 17:15 只見駅に到着。列車発車時刻の35分前であった。駅前は閑散としていた。一日4本しか列車の来ない駅では、街の拠点にはなりえないだろう。誰もいない駅で悠然と「仮夕食」を食べる。
当然ながら、大雪の、前回来たときとはまったく印象が異なった。それでも、まだ駅前の広場には堆くどす黒い雪の塊が積み上げられていたが。
17:33 列車が到着。乗客は高校生を含めても少ない。そして、3年前と同じアングルで写真を撮ってみる。積雪、気象の差が一目瞭然!
今回(2002.4.5)
3年前(1999.2.14)17:50 只見発。ここから今日の宿泊地の会津若松まで、まだ3時間もかかってしまう。 20:40 会津若松着。駅前のビジネスホテルに投宿。 4/6(金) 7:24 若松発。郡山行きの各駅停車に乗車。 8:01 そして「関都」駅で、下車!この駅は、「山登りのページ」でお馴染み(?)のOが、若かりし頃「単独STB」を経験した駅なのだ。どんな駅なのか見て見たいのと、彼が辿った足跡を辿りたい、という思いとで、今回の下車となった。
いつもながら恥ずかしい下車の瞬間、そして列車が去ったあとに湧き上がる、「サイコー」感を味わう。まず2番線の待合室へ。室内には除雪機が放置されている。Oはここで寝たのか?
1番線の待合室は、新築されていた。室内には休日ダイヤのお知らせがある。平日と休日とでは休日の方が圧倒的に本数が少なく、時刻もまったく違う。今回の駅で降りるに当ってネックとなったのがこの休日ダイヤである。休日は、この列車の後は6時間(!)も、列車が停車しないのだ。これでは全くどうしようもないが、二つ隣の猪苗代に行くと、この駅には止まらない快速が止まる。ということで猪苗代まで歩いていくことになる。次の列車が猪苗代を発車するのが10:31、ここから猪苗代駅までが約8キロ(Oの足跡を辿るためちょっと迂回することも考慮)。十分な時間があるので歩いていくこととした。
「関都」駅下車の瞬間
左写真右の待合室の内部。Oの「寝床」となった場所?8:15 というわけで、「関都」を十分堪能したので、去る。ここからさらにOがたどったルートを行く
踏切を抜けると、だだっ広い田圃。こっちら辺にあるそれより、見渡せる範囲が広い。天気快晴で気温もちょうどよく風も穏やかで非常に心地よい。今回の旅行、ただ単に鉄ヲタの児戯に過ぎないと当初思っていたが、こーゆーのも「旅」と言ってもいいのでわ、と今回は感じたのだが、如何なものか?
500bほど歩くと国道(R49)に出る。しばらくこの道沿いを行くが、クルマだらけの道でうっとい。10分ほど歩いてローカルな道との分岐点に着く。そこが湖岸を目指すだった。再び快適度UP。
9:00 「天満宮」の鳥居を通ってしばらく行くと湖岸のC場に着く。もちろんオフシーズンなのでトーゼン人0。
そのまま突っ切って湖岸へ行く。天気good、景色good、気候moderateで、3拍子そろった場所。しばらくぼーっとする。それこそ3時間くらいぼーっとしていたい!と強く思うが例によってそれほど時間に余裕があるわけではない。音もシーンとしててサイコー。関都はどうでもよくて、ここにこれてよかったと感じる。
9:20 ということで、20分ほどぼーっとしたところで、猪苗代駅を目指して歩く。林の中にある道を行くのは面白くないから、しばらく湖岸を歩いていくことに。しかし地盤が緩く、思いっきり靴の中まで沈んでしまってどろどろに。水道の水で洗うものの、濡れたままで、鬱。。
林の中の道に戻りちょっと行くとすぐにR49と合流。また騒音に悩まされることになるが、すぐに道が広くなる。道が広くなるとクルマから間を開けることができて、それだけでだいぶ快適度が増す。
R49を後にして北へ。磐越道を越えた先に駅はあるが、いつまでも磐越道が見えていてなかなか越えられない。見通しが良すぎて距離感がつかめない。10:10 猪苗代駅着。結局20分前に到着する。相変らず天気が良い。駅前の広場で靴と靴下を脱いで、ちょっとでもと乾燥させる。腹減った。駅舎内に入ると、お誂え向きのそば屋があったのでさくっと食う。 10:31 猪苗代発。郡山行き快速「ばんえつ3号」は、何と6両の超豪華編成。701ばかりで「18きっパー」としては気が滅入るばかりの東北地方にあっては非常にありがたい存在といえる。
当「ばんえつ」は、猪苗代から磐梯熱海までノンストップ。爽快感が高い。あっという間に、関都も通過。関都を抜けると、停車する価値など無い駅しかなかった。途中の中山宿駅、スイッチバックが解消されている注目駅であったが、あっという間に通過してしまってよく分からなかった。
11:10 郡山着。時間があるので食事をしてお土産を買う。 11:49 郡山発。黒磯行きは余裕で701。快適でない空間の上、車窓平凡で退屈。今回の「旅」も、大半の時間は電車の中で過ごすこととなる。「旅」となったのはたまたま1日休みとって「田子倉」等に行けたためで本来は人に会うための往復だった。が、それだけのために何時間もかけて「こんなこと」してる意味があるのか、とこの車内では思うのであった。。これも「701系効果」か(こんなことを考えてたのはこの車内でだけだった・・・)。 13:45 黒磯で乗り換えて、宇都宮着。ここから、今日の「目的地」まで直通する大船行きに乗りかえる。所謂「湘南新宿ライン」で、今回の「旅」の注目ポイントのひとつでもあった。
しかし生憎(!)、車両はE231。全編成にボックスシートがたった10個しかないというもの。旅情がそがれるが、小山でそのボックスシートに座れた。
そして首都圏中枢部に突入。本来なら上野、東京と乗り換えせねばならず、超混雑の列車、ホームに拘束されるところが、ここでは悠然とそれを眺めることが出来、非常に贅沢。埼京線区間(池袋、新宿、渋谷)で停車するが、あまりにホームの端っこのためそれほど客が来ず、快適でもあった。通過速度は極めてゆっくりではあるものの、直通されているというメリットは非常に大きいと思えた。16:39 終着の大船まできっちり乗り通す。そしてこの日は新婚さんの友人の家にお邪魔することとなった。。 4/7(日) 15:29 Oに「関都、田子倉訪問報告」して、横浜発。今回も6時間かけて鈍行で帰る。これが私の真骨頂(?) 21:30 帰宅。疲れたが、充実した三日間であった。
後書き
当初、新婚の夫妻を訪ねるためだけの、「18」往復行を予定していたのだが、急に思い立って、有給を引っ付けて「田子倉」下車を思いつき、実行に至った。どちらにしても18を使った遠出がしたかったのだが、「田子倉」が加わったことにより一層有意義なものとなった。このところ、特に理由も無く、こういった「趣味」から一切合切手を引いてしまっていたところだったので、やっぱりこういうことをしていくのが一番自分らしいな、ということを再認識することができた点でもよかった。今後も、機を見てこういう活動を精力的に展開していきたい、と強く思うのであった。