2003年3月(岐阜を去る日)
2003.3.29(土)〜30(日)
前書き
2001年4月より、2年間にわたり長期出張という形で駐在した岐阜を、この月を以って去ることとなった。岐阜に行くときにも、明石から岐阜まで自転車を自走させたのだが、帰りも絶対にやってやろう、と当初から計画していた。今回は、岐阜の住まいを引き払うタイミングで、去るように準備を進め、実行した。
3/29(土) (岐阜→実家) 5:00 がら−んとした部屋で、起床。前日までに既に荷物は全て送り出し、寝袋で、最後の夜を過ごしたのだった。 5:40 まだ夜の明けきらぬ中出発。桜は咲いてきたが、早朝はまだかなり寒く手がかじかむ。とりあえず交通量は少ないので快調。 6:20 岐阜駅に到着。この駅周辺でのいろいろな思い出を思い出しながら、さらに西を目指す。来るときは、ここまで来たらあと少しという感じだったが、ここまで結構遠かった。逆に、これからの道のりが相当長いことを予感させた。
来たときの道とは違って、今回はすぐに21号に入る。片側4車線くらいある道を行くが、交通量多い。トラックもバンバン走ってうっとい。
7:18 大垣駅着。岐阜駅に負けず劣らずの駅前の賑わいぶり。さすがは鉄道の町(鉄ヲタの町か?)。岐阜までと比べ、風が出てきてだいぶしんどくなってきた。
ここから関ヶ原までが今回最大の難関。と言っても、今まで越えてきた峠の中ではそんなに大したことない、はずだが、相当にきつい。GPSを見ても、Protrekを見ても、標高はほとんど上がっていないのに。
1時間半かかってようやく関ヶ原の駅まで着く。ここからさらに、SlowerTrafficがある上りを越え、ヒイコラ云いながらサミットへ。風のせいでかなりきつい、というか単に体力ないだけかも。
10:20 米原駅着。ここまで来たら、「関西に帰ってきた」と思えるものだが、まだ80キロ以上はあるのだ。しかも、思っていたよりも時間がかかりそうなのであまり余裕はなかった。
こっから方向が変わり、風が追い風に近くなる。彦根までの間にある上りがしんどい!足がかなり疲労してきた。
11:10 彦根のマクドで休憩後、出発。古傷の右ひざが痛み出す。山登りの際はよく痛む場所だが、自転車のときにも痛み出すとは・・・。普通に進む分にはさほど問題はないが、これでは長距離山行はできないな、と思う。
13:10 野洲川橋梁に到達。後ろを振り返ると「近江富士」が見える。ここから先は栗東市となる。岐阜に来た当初はまだ町だったところである。
ここまで来るとあと50キロを切ってきた。やがてR1と合流すると、「東海道」のときにも走った道となるのでだいぶ帰ってきたとの実感強くなる。交通量も増えてきて、クルマと「いい勝負」に。しかしこっちも「本来の速度」は、出せない。。
14:20 滋賀に来て以来、7軒くらい発見してはスルーしてきた「天一」でメシ食って、休憩。あと30キロ余りとなる。ここから逢坂峠の上りとなる。過去に何度も通ってきて、そんなに大したことないはず、と思っていたが、相当にしんどかった。
あとはひたすら下る。そして山科東野の交差点から外環状線へ。観月橋から自転車禁止の道となる。この道を通らずに行こうとすると、必要以上に路地を彷徨わなければいけない。で、外環状に戻り、京守に入る。JRA施設を横目に見て、淀川を渡りイナイチへ。名神大山崎ICの工事が佳境に入ってきたのを確認。これができると実家からはかなり便利になりそう。16:30 到着。「往き」のときよりも1時間も余計にかかってしまった。追い風気味のときもあったが、終始風がきつかったのが原因、ということにしておこう。。 3/30(日) 6:40 出発。ここまで帰ってきただけでも「関西に帰ってきた」と言えるのでしんどかったらこの日は電車でもいいかと思ってたが、行けそうなので明石を目指す。今日は昨日の約半分、80キロの行程だから余裕だ、のはず。。 7:00 八丁畷。イナイチ走りが要求される狭さの道に、だんだん交通量が増えてきた。はっきり言って危ないが、歩道を走るには余りにも規格が悪すぎるので車道を逝くしかない。名神のICがある畑田を抜けると道はガラガラになる。で、ここから箕面まではだらだらとではあるがしっかりとした上り坂が。 7:50 サミットである今宮交差点着。ここから降りてくため、箕面、池田と抜けていくのはあっという間。で、大阪空港の近くを通る。 8:20 猪名川(軍行橋)に到着。ここから兵庫県となる。その後、伊丹、尼崎と通過し、さらに次の川(武庫川)の河川敷で少し休憩。西宮市へと入る。
9:15 2号線との合流点(札場筋)着。あとはひたすら2号線を行くだけなので、もうすぐのように思えるがまだ40キロ以上ある。40キロという距離は大したことないといえばそうなのだが、昨日の疲労感から遠く感じる。
わずかな上りでもしんどくなる。力を入れるとひざが痛む。道は路側帯があるところが多いものの路駐が多く走りにくい。10:27 三宮に到着。4月から戻る職場前を軽く通過して、さらに西へ行く。阪高の下の道は片側4車線くらいあり、交通量もさほどでなく快適。だいぶ疲れてきて、ペースもかなり落ちてきた。今日は昨日のような強風は吹いていないのだが。。休まずに進む。
12:00 明石市に入り、中心を抜け、ラーメン屋(2国)へ。ここで昼食&休憩。あと2キロなので、もう着いたも同然。
ここから最後のきつい上り。もう体力はないが、惰性でも何とかなる。12:40 帰着。このあと、岐阜から送られてきた大量の荷物整理に追われる。
後書き
岐阜から明石への自転車帰還。往きも自転車を使ったが、そのときは実家経由で1週間空けて行ったので、今回は連続で、しかも住まいを明渡す際に、ということで岐阜駐在2年間を総括する意味もあったかもしれない。ただ、所要時間が、1日目、2日目とも1時間も余分にかかってしまい、もうこういうことをやるのも苦しい年齢になったのか、それとも単に運動不足なだけなのか、ちょっと考えさせられる結果となった。